ウィーン売買条約規定と日本法の比較まとめ
2017/10/30 海外進出, 外国法
1 はじめに
2 ウィーン売買条約で規律されている事項
本条約が適用される場合であっても、本条約は売買契約のすべての側面を規律しているわけではありません。その規律事項は、①売買契約の成立および②売買契約から生ずる当事者の権利義務に限定されています(4条)。これら以外の事項(例えば、契約の有効性、所有権の移転等)については、依然として国際私法の準則にしたがって適用される国内法に委ねられていることに注意が必要です。
また、本条約の基礎には「契約自由の原則」があり、本条約の規定の大部分は任意規定とされています(6条)。
3 売買契約の成立について
ウィーン売買条約は、民法と同様に、申込みと承諾による契約成立について規定を置いています。規定内容の民法との相違点は、以下の通りです。
(1)申込みが原則として撤回可能であるとされていること(16条⑴)
→日本民法では、隔地者間の取引の場合、申込みが相手方に到達した後でさらにその申込みに承諾期間を設定していた場合には、申込みを撤回することができません(民法521条1項)。もっとも、改正民法では、撤回権を留保していた場合には撤回できる旨の規定が加わりました。
(2)商人間であっても、原則として諾否通知義務は存在しないこと(18条⑴第2文)
→商法では、諾否通知義務が定められています(商法509条)。
(3)承諾の通知について到達主義が採用されていること(18条⑵)
→現行の民法では、承諾の通知については発信主義が採られています(民法526条、発信主義)。
しかし、今回の民法改正では、承諾について到達主義が採用されましたので、ウィーン条約と同様の規定が設けられることになります。
(4)申込みと承諾の内容が完全に一致しない場合であっても、その違いが申込みの実質的な変更に当たらなければ、申込者が異議を述べない限り、その変更を加えた承諾内容で契約が成立すること(19条⑵)
→日本民法では、承諾者が申込みに条件を付し、その他条件を加えてこれを承諾したときは、その申込みの拒絶とともに新たな申込みをしたものとみなされます(民法528条)。
ポイント解説国際法務 ウィーン売買条約の個別の内容:弁護士法人クラフトマン
ウィーン売買条約の契約成立に関する適用事例について(pdfファイル)
4 当事者の権利義務について
契約当事者の権利義務については、ウィーン売買条約は、(ⅰ)売主と買主の義務を詳細に規定したうえで、(ⅱ)その義務違反に対する救済方法を定めています。
売主の義務につき30条~44条、買主の義務につき53条~60条に規定があります。これらの義務に対応して、その違反の場合の救済方法として、履行請求・契約解除・代金減額・損害賠償を定めています(45条~52条、61条~65条、71条~84条)。日本法との相違は以下の通りです。
(1)当事者の義務について、国際取引において特に問題となりやすい状況に対応したルールが定められています。具体的な規定としては、売買が運送契約を伴う場合の売主の引渡義務(31条⒜)、買主の検査義務の延期可能性(38条⑵)、目的物が第三者の知的財産権を侵害する場合における知的財産権侵害の存否の判断基準国(42条⑴)、機動的な物品保存義務(85条~86条)などが挙げられます。
→これに対し、民法や商法にはこのような規定はありません。商法には、商品の検査通知義務(商法526条)はありますが、延期可能性を定めた規定は存在しません。物品保管義務については商法に規定があります(商法510条)
(2)過失責任主義が否定されています。したがって、義務違反について当事者に過失がなくても、損害賠償責任が発生する(45条⑴⒝・61条⑴⒝。ただし、限定的な要件の下での不可抗力免責はありえます(79条))。
→日本民法では債務不履行においては当事者の帰責事由が要求され(民法415条)、不法行為責任においては故意・過失が要求される(民法709条)ので、損害賠償請求については過失責任主義が採用されています。
(3)現行民法における瑕疵担保責任のような、目的物の隠れた瑕疵に関する特別の制度はありません。売主は、契約に適合した物品を引き渡す義務を負うが(35条)、日本法で瑕疵担保責任によって処理される問題は、この義務の違反の問題として、他の義務違反と同様に処理されます。
→現行の日本民法では、瑕疵担保責任は「隠れた瑕疵」に限定(現行民法570条、同条1項)されてきましたが、改正民法上では瑕疵が隠れたものである必要はなくなりました。
(4)契約締結時に目的物が滅失損傷している場合(原始的不能)であっても、それは履行不能として扱われるのではなく、売主の引渡義務違反の問題として他の義務違反と同様に処理さます。
→契約が原始的不能である場合には、契約は無効として扱われます。
(5)契約締結後に目的物が滅失損傷した場合(後発的不能)については、ウィーン売買条約においては、これも売主の義務違反の問題として処理されます。つまり、売主の損害賠償責任は発生し(上述した過失責任主義の否定)、買主の代金支払義務の存続は、解除の可否の問題として処理されることになります(危険負担制度の否定)。
なお、この点に関連して、どの時点までに生じた目的物の滅失損傷が売主の義務違反に当たるかという危険の移転時期は別途問題になります。これについて、本条約は、保険の利用可能性等を考慮した移転時期を定めていますが(67条~69条)、実務上は、CIFやFOBなどの定型貿易条件を約定することによって処理されるのが通常でです。
→日本法では売主に帰責事由がなければ売主に損害賠償責任は生じず、買主の代金支払義務の存続は危険負担の問題として処理されます。
(6)ウィーン売買条約は、契約解除が原則とされていますが、解除権の行使は「重大な契約違反(契約目的を実質的に達成できない契約違反)」(25条)がある場合に限定されています(49条⑴⒜、64条⑴⒜)。また、買主の解除権が売主の追完権(48条)に劣後します。その理由は、契約違反があっても契約目的を実質的に達成できるのであれば解除を認める必要はなく、修補請求、損害賠償、代金減額など、契約を維持したうえでの救済を優先することが合理的と考えられるからです
→これに対し、民法では、契約目的を実質的に達成できない契約違反でなくとも、債務不履行の事実で解除が可能です(民法541条)
(7)履行期到来前であっても、契約違反が予想される場合に予防的な救済が認められており(履行の停止(71条)、履行期前の契約解除(72条))、国際取引における迅速性の要請に配慮がなされており、その活用が期待されるところです。
→日本民法では、履行期前の解除を可能ならしめる規定があるのは、手付解除の場合(民法557条)の場合と、契約締結後に履行不能となった場合(543条)があります。しかし、これらの規定はウィーン売買条約と異なり、取引の迅速性を念頭に置いたものではありません。
(8)債務者が義務違反に陥っている場合であっても、債権者に自己が不合理な不利益を受けない範囲で、義務違反に陥っている債務者に協力することを求める規定(例:売主の追完権(48条)、損害軽減義務(77条)、物品保存義務(85条・86条〔特に86条⑵〕)などが設けられています。当事者間の協力を促進することが意図されています。
→売主の追完権については現行民法上明文の規定はありませんが、改正民法では、追完請求権(代替物の引渡し、補修請求権)が設けられることになっています。物品保管義務については、商法に物品保管義務の規定があります(商法510条)。また、民法上損害軽減義務が条理を理由として判例で認められてきました(最判平成21年11月19日・民集63巻1号97頁)。
売買契約に関連する民法改正のポイント:BUSINESS LAWYERS
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5 おわりに
ウィーン売買条約は、より海外取引に対応した取引に内容となっており、民法改正もこのような国際取引の実情に対応するためでもあります。そして、海外企業との取引において契約書を作成する際には、単に条約の全面適用や全面排除を考えるだけでなく、求める法的効果を想定して規定を取捨選択すると、より契約書に定める内容の選択肢が広がると思います。もっとも、実際にその判断をするには、取引先との関係性・取引の実情等をも加味した総合的な法的判断が伴います。そこで、契約書を作成する場合には、現場担当者にヒアリングしながら、ウィーン売買条約の専門家と相談して作成しましょう。会社内部にウィーン条約の専門家がいない場合には、外部のウィーン条約に詳しい弁護士と相談しながら契約書を作成することが望ましいです。
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