QAで学ぶ契約書作成・審査の基礎第55回 共同研究開発契約:~実績報告書の作成
2023/09/01 契約法務, 知財・ライセンス, 情報セキュリティ
UniLaw 企業法務研究所 代表 浅井敏雄
第54回から共同研究開発契約について具体的な条項を提示した上解説しています。今回は, 共同研究開発の実施/情報交換/全体詳細スケジュールの作成/報告・協議及び内容変更/研究開発参加者及び実施場所/研究開発用素材・設備等及び費用負担/共同研究開発の実施期間, 中止, 期間延長/実績報告書の作成, に関する規定例を提示しその内容を解説します。[1]
【目 次】(各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします)
Q1:契約名称・研究開発要項・署名欄 Q2:定 義 (以上第54回) Q10:実績報告書の作成 (以上今回) Q11:本成果の帰属及び出願その他権利保全手続 Q12:本成果の利用 Q13:本成果の開示・公表 Q14:共同研究開発終了後の改良発明等の取扱い Q15:第三者との共同研究開発 Q16:秘密保持 Q17:解 除 Q18:反社会的勢力の排除 Q19:存続条項 Q20:一般条項 |
Q3:共同研究開発の実施
A3: 以下に例を示します。
第2条 共同研究開発の実施 1. 甲及び乙は, 本契約(研究開発要項を含む。以下同じ)に従い, 相互に協力して本共同研究開発を実施するものとする。 2. 研究開発要項の内容については, 本共同研究開発の進捗状況等に応じ, 甲乙協議の上, 書面(電子的手段によるものを含む。以下同じ)により合意することにより補足その他変更できるものとする。 |
【解 説】
【第2項:研究開発要項の内容変更】研究開発要項は, 研究開発の開始前のもので, 通常は大枠の事項しか決まっていないので, 第4条の全体詳細スケジュールの作成を含め, 研究開発の進捗状況に応じ, 合意により詳細化及びその他変更できるものとしています。
Q4:情報交換
A4: 以下に例を示します。
第3条 情報交換
1. 甲及び乙は, 本契約締結後30日以内に, その時点において自己がその知的財産権を有し本共同研究開発に利用可能な知的財産であって相手方に開示することが適切と判断するもの(以下「バックグラウンド知的財産」という)(但し, 第三者との契約により秘密保持義務を負っているものを除く)を, 相手方に開示するものとし, 相手方はその受領を書面で確認するものとする。 2. 甲及び乙は, 本共同研究開発の実施期間中, 本共同研究開発を効果的に推進するため相手方に開示することが適切と判断する情報(但し, 第三者との契約により秘密保持義務を負っているものを除く)を, 速やかに相手方に開示するものとする。 |
【解 説】
【第1項:バックグラウンド知的財産の開示・確認】本条では, 経産省・特許庁公表「共同研究開発契約書(新素材編)」第6条(p.7,8,11,12参照)に倣い, 本共同研究開発開始に当たり, 先ず, 各当事者が共同研究開発に利用可能な知的財産(「バックグラウンド知的財産」)を相互に確認することとしています。その目的は, (1)その確認結果に基づき本共同研究開発の全体詳細スケジュールを作成すること(第4条参照), 及び, (2)いわゆるコンタミネーションリスクを最小化することです。
上記のコンタミネーションリスクとは, 共同研究開発を開始すると, その時点で各当事者が既に有していた情報・知的財産(一般に「バックグラウンド情報」や「バックグラウンド知的財産」とも呼ばれる)が, 共同研究開発により得られた成果や, 共同研究開発の過程で相手方から受領した情報等と区別することが困難となり, 自社が既に保有する知的財産であることの主張が困難となって紛争が生じるリスクを意味します。コンタミネーションリスクの回避方法としては, バックグラウンド知的財産について共同研究開発開始前に, 特許等の出願をすること, 秘密とするノウハウについては公証制度・タイムスタンプサービス等の利用により共同研究開発開始前に保有していたことの証拠化を図ること等が考えられます。本契約では, それらの措置に加え, 本共同研究開発開始時点で, 各当事者がバックグラウンド知的財産を有しているか及びその内容を相互に確認することとしています。
なお, バックグラウンド知的財産の開示範囲については, 「相手方に開示することが適切と判断するもの」と, 各当事者の裁量に委ねています。その理由は, 共同研究開発は本来両当事者の自由意思により協力し合って行うべきものなのでバックグラウンド知的財産の開示範囲も各当事者の自由意思に委ねるべきものであること, 及び, 立場の強い相手方の圧力により開示を強制され不利益を受けることがないようにすることです。
なお, 公取委「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」(改定:平成29年6月16日)(以下「共同研究開発指針」)第2-2(1)[2]では, 「共同研究開発のために必要な技術等(知見, データ等を含む。以下同じ。)の情報(共同研究開発の過程で得られたものを含む。以下同じ。)を参加者間で開示する義務を課すこと」は, 「原則として不公正な取引方法に該当しないと認められる事項」とされています。
Q5:全体詳細スケジュールの作成
A5: 以下に例を示します。
第4条 全体詳細スケジュール 1. 甲及び乙は, 本契約締結後速やかに, 本共同研究開発に関し, 自己の単独業務及び相手方との共同作業における自己の分担業務(以下両業務を総称して「担当業務」という)について, 研究開発要項4記載の役割分担に従い, その進行に関する詳細なスケジュール案を作成の上相手方に提出し, 甲乙協議の上, 本共同研究開発全体の進行に関する詳細なスケジュール(以下「全体詳細スケジュール」という)を書面により合意し決定するものとする。 2. 甲及び乙は, 全体詳細スケジュールに従い自己の担当業務を遂行するものとする。 |
【解 説】
研究開発要項では, 目標設定, 共同研究開発作業, 実装, 評価等に関し, 本契約締結時点で合意されている共同研究開発スケジュールを記載することとしています。しかし, そのスケジュールは通常極めて大まかなものになると思われます。共同研究開発を適切に遂行するためには, より具体的・詳細なスケジュールが必要と思われるので, バックグラウンド知的財産の確認結果等も踏まえ, 各自の担当業務について詳細スケジュールを作成の上相手方に提出し, 両当事者協議の上, 全体の詳細スケジュールを合意し決定するものとすることとしています。
Q6:報告・協議及び内容変更
A6: 以下に例を示します。
第5条 報告・協議及び内容変更 1. 甲及び乙は, 本共同研究開発の実施期間中, 自己の担当業務から得られた本成果を速やかに相手方に報告するものとする。 2. 甲及び乙は, 自己の担当業務について遅延又はそのおそれが生じた場合, 速やかに相手方に報告するものとする。 3. 甲及び乙は, 全体詳細スケジュール作成後, 1か月に1回定期的に, 本共同研究開発の進捗状況及び問題の有無確認, 当該問題の対応方法決定等のため協議会(電子的手段によるものを含む)(以下「協議会」という)を開催するものとする。前項の場合及びいずれかの当事者から協議会開催の要求があった場合も同様とする。 4. 甲及び乙は, 協議会の結果その他により, 研究開発要項又は全体詳細スケジュール等の変更に合意した場合には, その変更内容を各自の共同研究開発責任者が書面で確認するものとする。但し, 契約条項の変更は, 甲及び乙の権限ある代表者が書面で合意しなければ, これを行うことができない。 |
【解 説】
共同研究開発を円滑に遂行するには, 両当事者間の報告・協議等が必要であり, 又, 問題が生じた場合には研究開発要項の内容, スケジュール等の変更等の対応が必要です。そこで本条を設けています。
Q7:研究開発参加者及び実施場所
A7: 以下に例を示します。
第6条 研究開発参加者及び実施場所
1. 甲及び乙の研究開発参加者は, 研究開発要項5記載の通りとし, 甲及び乙は, その内容を変更する場合には, 事前に, 相手方に通知しかつ書面による同意を得るものとする。甲及び乙は, 自己の全ての研究開発参加者に対し, 必要に応じ契約を締結する等して, 本契約上自己が負う義務を遵守させ, かつ, これらの者による当該義務の履行について一切の責任を負うものとする。 2. 甲及び乙は, 研究開発要項5に記載されている研究開発参加者以外の第三者に自己の担当業務の一部を委託する場合には, 事前に相手方から書面により承諾を得るとともに, 当該第三者との間で本契約上自己が負う義務と同一の義務を課す契約を締結し, かつ, 当該義務の履行について一切の責任を負うものとする。 3. 甲及び乙は, それぞれ, 研究開発要項6記載の場所において各自の担当業務を行うものとする。 4. 甲及び乙は, 相手方の施設において共同研究開発を行う場合には, 相手方の施設管理に関する規則に従うものとする。 |
【解 説】
【第2項:研究開発参加者】研究開発参加者を研究開発要項に記載する理由については, 第54回Q1の解説【研究開発要項5:各自の共同研究開発参加者】を参照して下さい。
大学との共同研究開発の場合, 大学側で学生等が共同研究開発に参加する場合, その学生等は大学に雇用されているわけではありません。又, 民間企業の場合も, 第三者(例:その企業の関連会社等)の従業員等が共同研究開発に参加することはあり得ると思われます。これら外部の者は, 当然には本契約に従う義務はありません。そこで, 本契約では, 最初から参加が合意されている外部の者については, 研究開発要項に記載し, その内容変更については相手方の事前同意を要するとともに, 各当事者がそれらの者と必要な契約を締結し, かつ, 当該義務の履行について一切の責任を負うものとしています。
【第3項:担当業務の第三者への委託】例えば, 自己の担当業務のうち, 専門的試験・分析業務を第三者に委託する等の場合はあり得ると思われます。本項は, そのような場合に備えて設けた規定です。
【第4項・第5項:共同研究開発の実施場所】各当事者の単独の担当業務については各自の施設等で実施される場合が多いでしょうが, 両当事者の共同作業を一方当事者の施設で行うことや, 一方当事者の従業員等を相手方の施設に派遣すること(例:民間事業者の従業員を大学に派遣)もあり得るでしょう。そこで, 本契約では, 共同研究開発の実施場所を研究開発要項に記載することとしています。又, 第5項では, 相手方の施設で共同研究開発を行う場合には, その施設への入退室・秘密管理措置等に関し相手方の管理に関する規則に従うものとしています。
Q8:研究開発用素材・設備等及び費用負担
A8: 以下に例を示します。
第7条 研究開発用素材・設備等及び費用負担 1. 甲及び乙は, 各自の担当業務を実施するため必要な素材, 製品, コンピュータプログラム, 設備等を自己の費用負担で用意・調達しその所有権を有するものとする。 2. 前項に定める費用の他, 甲及び乙は, 各自の担当業務を実施するために必要な費用を自ら単独で負担するものとする。 3. 前二項にかかわらず, 甲及び乙は, 研究開発要項9又は10に前二項と異なる定めがある場合には, その定めに従うものとする。 |
【解 説】
【第1項・第2項:各自調達・各自負担の原則】共同研究開発に必要な素材・設備等及び費用について, 各自, 自己の担当業務について自己調達・自己負担しその所有権を有するという原則を規定しています。
【第3項】しかし, 例えば, 一方当事者が開発した素材を相手方に提供し, 相手方がその素材を利用した製品を研究開発する場合は, 一方当事者から相手方にその素材が有償又は無償で提供されることになります。又, 大学や資金力のないスタートアップ, 中小企業等の場合, 共同研究開発に必要な高額の設備等を相手方の費用で調達し共同で利用する場合や, その担当業務の経費の全部又は一部を相手方が負担することはあり得ます。そのような場合には, 調達した物の利用方法(共同利用・単独利用等), 所有権(共有・単独帰属等), 搬入・設置や共同研究開発終了後の撤去等も問題となります。そこで, そのような場合には, 研究開発要項9又は10に上記原則と異なる特約を規定することとしています。
Q9:共同研究開発の実施期間, 中止, 期間延長
A9: 以下に例を示します。
第8条 共同研究開発の実施期間, 終了, 一時中止, 期間延長 1. 本共同研究開発の実施期間は, 研究開発要項8記載の通りとする。 2. 本共同研究開発の実施期間終了前であっても, 甲及び乙が, 本共同研究開発の目的が達成もしくは実現されたと判断し, 又はその達成もしくは実現が不可能もしくは著しく困難であると判断し, 本共同研究開発の実施の終了について書面で合意した場合には, 本共同研究開発はその合意した終了時点で終了するものとする。 3. 前項に定める場合の他, 甲及び乙は, 書面で合意することにより, 本共同研究開発を一時中止しもしくは終了させ, 又は本共同研究開発の実施期間を延長することができる。 4. 本契約の有効期間は, 本共同研究開発の実施期間と同一とし, 本共同研究開発又はその実施期間が終了した場合には, 本契約も終了したものとする。 |
【解 説】
【第1項:本共同研究開発の実施期間】本契約においては, 本共同研究開発の実施期間を「○○年○○月○○日から○○年○○月○○日まで。」のように具体的な期間により定めることとしています。このようにしないと, 共同研究開発をいつまで行うのか, 特に目的とする成果をなかなか得られない場合, 争いが生じる可能性があるからであり, 又, 終了期限を定めることにより共同研究開発の進捗を促進するためです。
【第2項・第3項:本共同研究開発の終了, 一時中止, 期間延長】上記の趣旨, 及び, 天災その他の不可抗力又は止むを得ない事由による本共同研究開発の遅延等当初予測できなかった事由が生じることもあり得ることから, 両当事者の合意により本共同研究開発の終了, 一時中止, 期間延長ができることとしています。
Q10:実績報告書の作成
A10: 以下に例を示します。
第9条 実績報告書の作成 1. 甲及び乙は, 本共同研究開発の終了後30日以内に, 双方協力して, 本共同研究開発の実施の経緯, 結果等(本研究開発の実施により得られた本成果の内容, 当該本成果がいずれかの当事者に所属する研究開発参加者により得られたか等を含む)を明確にするための報告書(以下「実績報告書」という)を作成するものとする。 2. 前項の他, 甲及び乙は, いずれかが要求した場合には, 本共同研究開発の実施期間中の必要と認められる時に, 双方協力して, 実績報告書を作成するものとする。 3. 実績報告書は次条第2項に定める共同成果とみなし, その扱いについては本契約の共同成果に関する規定を適用する。 |
【解 説】
本条では, 本成果を含め共同研究開発の実施経緯・結果等を明確にし, それらに関する認識・情報を共有するため, 本共同研究開発の終了後及び共同研究開発中に随時, 実績報告書を作成することとしています。実績報告書の著作権等知的財産権に関しては, これを, 次回解説する第10条(本成果の帰属及び出願その他権利保全手続)第2項の共同成果とみなして取扱うこととしています。
今回はここまでです。
[1] 【本稿執筆に当たり参考とした主な資料】 (1) 阿部・井窪・片山法律事務所「契約書作成の実務と書式 第2版」 有斐閣, 2019/9/24. p. 448-471. (2)経産省・特許庁公表「共同研究開発契約書(新素材編)」. (3)次の各大学の共同研究契約のひな型とその解説
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【免責条項】
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【筆者プロフィール】 浅井 敏雄 (あさい としお) 企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事 1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を米系(コンピュータ関連)・日本(データ関連)・仏系(ブランド関連)の三社で歴任。元弁理士(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事, 国際商事研究学会会員, 国際取引法学会会員, IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員, CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe) 【発表論文・書籍一覧】 |
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