認知症で3億円寄付は無効と提訴、意思能力と後見制度について
2023/04/28 契約法務, コンプライアンス, 民法・商法
はじめに
認知症の疑いがあった澁谷工業(金沢市)の前社長が3億円を寄付したのは意思能力を欠いており無効であるとして、遺族が金沢医科大学に対し損害賠償を求め提訴していたことがわかりました。準詐欺容疑での刑事告訴も検討しているとのことです。今回は意思能力と後見制度について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、同社前社長であった澁谷さん(当時89)は2021年1月、サウナで脱水状態で倒れ、金沢医科大学病院に入院し治療を受けていたとされます。同大学では当時、教育・研究関係施設の再整備を目的とした創立50周年募金の協力を呼びかけており、澁谷さんは入院から4ヶ月が過ぎた頃、この募金に応じる形で3億円を寄付したとのことです。澁谷さんはその5ヶ月後、90歳の時、心不全で亡くなったとされます。当時認知症の疑いがあり、意思能力を欠いた状態で多額の寄付をさせたのは無効であるとして、澁谷さんの遺族が同大学を相手取り金沢地裁に提訴しました。大学側は、寄付当時に既に認知症であったという診断書がなければ返還する理由がないとしております。
意思能力とは
民法3条の2によりますと、「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効とする」としております。「意思能力」とは、有効に意思表示をする能力のことを言い、自己の行為の結果を弁識するに足る精神的能力を言うとされます。一般的には10歳未満の子供や泥酔者、重篤な精神病患者や認知症患者には意思能力が無いとされております。従来判例でも意思能力の無い状態での意思表示は無効としてきましたが、平成29年の民法改正で明文化されております。これに似た言葉として行為能力というものも存在しますが、こちらは契約などの法律行為を単独で有効に遂行することができる能力を言います。未成年者や成年被後見人、被保佐人、被補助人はこの行為能力が制限された状態で、原則として法定代理人の同意などを要します。
意思能力と裁判例
意思能力の有無が争点となった事例で、意思能力の存在が認められたものとして、中程度の認知症に罹患していたと認められるものの、自ら公証人役場に赴き、遺言の内容を変更し、民事調停手続きを自ら行っていたことなどから肯定された例があります(東京地裁平成21年11月10日)。またアルツハイマーを発症していたものの、他社とのコミュニケーション能力に問題がなかったとされた例もあります(東京地裁平成21年2月15日)。一方で意思能力が否定された例として、90歳という高齢で認知症に罹患しており、賃借料等の請求もしなくなり、また当該土地の売却代金が非常に低廉で著しく不利なものとなっており、合理的判断能力を有する者の行動としては理解しがたいとして否定された例があります(東京地裁平成20年12月24日)。また不動産の売却によって自己の住居を失い、代わりの住居が必要になるという極めて容易に予想できることすら思い至らないほど症状が進行していたとして意思能力が否定された例もあります(東京地裁平成21年10月29日)。
成年後見制度
民法7条によりますと、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、補佐官特任、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる」としております。認知症などで意思能力に著しく不安が生じている場合、本人を含めた一定の範囲の者が家庭裁判所に後見開始の審判を申し立てることができます。後見開始の審判がなされた場合、裁判所によって後見人が選任されます。以後、被後見人は日常家事など一定の範囲以外の法律行為については行為能力が制限され、後見人に広範な代理権が付与されます。後見開始の審判がなされた場合、その旨と後見人については登記されることとなります。かつては禁治産者となった場合、戸籍に記載されておりましたが、現代は後見登記制度に変わっております。そしてこの登記は誰でも見ることができるわけではなく、本人、成年後見人、配偶者、四親等内の親族等のみが登記事項証明書を請求できます。
コメント
本件で原告側の主張によりますと、当時認知症が相当進行しており、大声で叫んだり看護師の処置を激しく拒むなどの言動をあらわにしていたとされます。一方で大学側は正当な手続きを経て寄付金を受けたとしております。今後どの程度の事理弁識能力であったのかが争点となってくるものと考えられます。以上のように認知症などで意思能力を失っている場合、その時に行われた法律行為は無効となる場合があります。特に通常では考えられないほどの著しく低廉な価格での土地の売却などは意思能力が無かったと判断される可能性が高いと言えます。また後見開始の審判がなされている疑いがある場合は、本人に登記事項証明書を取得してもらうことも考えられます。高齢者と契約を行う際には当人の判断能力が十分か、一方的に相手に不利な契約となっていないかを慎重に検討することが重要と言えるでしょう。
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