エホバの証人信者、輸血拒否で死亡-病院側代理人のあり方
2013/04/17 法務相談一般, 民法・商法, その他
事案の概要
青森県立中央病院(青森市)で2011年4月、宗教団体「エホバの証人」の女性信者(当時65歳)の家族が、女性の信仰上の理由で手術中の輸血を拒否し、女性が死亡していたことが分かった。
女性は同月28日昼頃体調が悪化。急性硬膜下血腫と診断され、手術が必要となった。女性は意識不明だったため自身による意思表示はなく、女性の息子が輸血拒否を申し出、書面を提出した。病院側の説得に息子は応じず、手術は打ち切られ女性は死亡した。息子は信者ではなく、女性は輸血拒否の意思表示カードを作成していたということだが、手術時点では所持していなかった。
コメント
まず本稿は、エホバの証人その他の宗教の教義について評価する目的を一切有しないということを断っておく。その上で今回は、本件のような「意思表示に基づく医療行為拒否」の場合、病院側代理人の立場で最低限気をつけるべきことを探っていきたい。
この分野では下記の判例があまりにも有名であるが、本件とは大きく2つの違いがある。
①本人による、明示の意思表示の有無
判例の事案では、本人からの輸血拒否の黙示の意思表示があった。それに対して今回の事案では、突然こん睡状態になった本人に代わり家族が明示の意思表示を行っている。判例が損害賠償を認めたのは、患者本人が有する「輸血するかどうかの意思決定権」を不法に侵害したからであるが、本事案のような場合、本人の意思は手術時点では明らかではなく、親族による意思表示のみある状況において、輸血をするか否かの厳しい判断を迫られることとなる。
②説明・説得の有無
判例の事案では、輸血についての病院の方針説明が懈怠されていた一方、本事案に見られるように、現在医療現場ではいわゆる「インフォームド・コンセント」(要は説明責任の充足)が浸透してきている。翻ってみれば、高い程度が要求されるということである。
本件のような場合、輸血は行われず患者は死亡し、親族もそれを希望したため、法的紛争は生じにくいといえる。もっとも、患者の利害関係人が増えればそう簡単にはいかないだろう。本人の意思が不明確な場合、病院側としては、「本人の意思の確認のための努力を、限られた時間の中で尽くした」ことや、「医療行為によりいかなる結果が生じるのという説明を本人側に対して尽くした」ことの立証が、訴訟に発展した場合に重要となる。紛争予防の点から見れば、病院側の「落ち度」を可及的に軽減する法的体制作りが重要であるといえる。どこまでやれば十分なのかは必ずしも明らかではないが、実務上すでに行われているものも含め、実務家の観点から、特にこの2点についてのケアを考えてみていただきたい。
医療は身体への侵襲が不可避で法的紛争が特に生じやすく、なおかつ例外の多い困難な分野といえる。しかし同時に、医療関連法務がビジネスとして有力であり、医療従事者の保護という大きな社会貢献もできる分野であることもまた事実である。病院という顧客のため、ひいては日本医療のクオリティの維持向上のため、この分野に少しでも興味のある法律家の方々にはぜひチャレンジしていただきたいと思うしだいである。
参考判例
最判平成12年2月29日(いわゆる「エホバの証人信者輸血拒否事件」)
医師が、患者が宗教上の信念からいかなる場合にも輸血を受けることは拒否するとの固い意思を有し、輸血を伴わないで肝臓のしゅようを摘出する手術を受けることができるものと期待して入院したことを知っており、右手術の際に輸血を必要とする事態が生ずる可能性があることを認識したにもかかわらず、ほかに救命手段がない事態に至った場合には輸血するとの方針を採っていることを説明しないで右手術を施行し、患者に輸血をしたなど判示の事実関係の下においては、右医師は、患者が右手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪われたことによって被った精神的苦痛を慰謝すべく不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
参考文献
平野哲郎 判例タイムズ1066号19頁 『新しい時代の患者の自己決定権と医師の最善義務 エホバの証人輸血事件判決がもたらすもの』
植木哲 説明義務・情報提供義務をめぐる判例と理論(判タ1178号臨増)臨時増刊 『各論⑤医療 判例分析(51) 承諾を得るための説明 輸血拒否と自己決定権』
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