富士フィルムが化粧品特許訴訟で敗訴、特許無効とは
2016/08/31 知財・ライセンス, 特許法, メーカー
はじめに
化粧品会社ディーエイチシー(DHC)が製造販売する一部の製品について、自社の特許権を侵害するとして、富士フィルムが製造販売の差止と約1億円の賠償を求めていた訴訟で30日、東京地裁は「富士フィルムの特許は無効であり特許権侵害はない」との判決を言い渡しました。本件訴訟に関しDHCは、特許無効の抗弁と特許庁への特許無効審判申立を行っておりました。今回は特許無効について概観します。
事件の概要
富士フィルムは2012年に肌のシミやシワに効果があると言われる抗酸化成分の「アスタキサンチン」を化粧品に安定的に含有させ、分解を抑制する製法特許を取得しました。その後この製法による製品である「アスタリフト」化粧品を製造販売してきました。一方、DHCは富士フィルムが特許取得後、同じ「アスタキサンチン」を配合したスキンケア化粧品「DHCアスタキサンチン」シリーズの製造販売を開始しました。富士フィルムはDHCの同シリーズのうち「アスタキサンチン ジェル」「アスタキサンチン ローション」について、同成分の配合製法特許を侵害しているとして製造販売の差止と損害賠償を求める訴えを起こしていました。それに対しDHC側は特許庁に特許無効審判申立を行い、3月に棄却審決を経て現在審決取消訴訟が知財高裁に係属中です。
特許要件と特許権侵害
特許要件と特許侵害については以前にも取り上げましたが、ここでも簡単に触れておきます。特許権とは登録を受けた発明に対し特許権者が排他的独占的に実施する権利を言います。出願した発明が登録され、特許を受けるための要件は主に新規性と進歩性です。新規性とは、その発明が客観的に新しいことを言い「公然と」、すなわち一般不特定の人に知られ又は知られうる状況にないことを言います(特許法29条1項)。次に進歩性とは、その「分野における通常の知識を有する者が・・・容易に発明できない」ことを言います(29条2項)。既に知られる公知技術に基いて、その分野の人間なら容易に思いつくものでは進歩性が認められないということです。そして一度登録された特許に対して侵害となるのは、特許権者から許諾等を受けずに「業として特許発明の実施」を行うことを言います(68条)。製法特許の場合はその特許された方法を使って製造販売することが当たります。
特許無効について
第三者から特許侵害の警告や、特許侵害に基づく差止、損害賠償請求の訴えが提起された場合に考えられる対抗手段として特許無効があります。訴えの前提となっている特許そのものを崩してしまうという考え方です。特許無効の主張方法は主に二通りあります。まず特許侵害に基づく訴訟内で抗弁として特許の無効を主張する方法と、特許庁への特許無効審判申立です。特許無効の抗弁は以前は訴訟内で主張することができず、もっぱら特許庁への無効審判による必要がありました。しかし平成16年特許法改正で訴訟内で抗弁として特許の無効を主張することが可能となりました(104条の3)。これにより裁判所は特許の有効性と特許侵害の有無を両方審理することができ効率的な事件処理ができるようになりました。次に無効審判申立は123条1項各号に列挙されている無効事由がある場合に特許庁に申し立てることができます。この申立は原則誰でも行うことができ、3~5人の審判官によって審理されます。当事者の主張反論を経た上で認容審決が確定すれば特許は最初から存在しなかったことになります(125条)。棄却審決が出た場合には知財高裁に審決取消訴訟を提起することになります。無効の抗弁との違いはその効果にあります。無効の抗弁はあくまで当該訴訟における抗弁であって、仮に無効が認められてもその訴訟の判断に限り効果を有します。一方、無効審決は認容審決が確定しますと絶対的に特許は無効となります。これを対世効といいます。
コメント
特許の出願がなされた場合、特許庁の審査官が新規性や進歩性等を審査することになりますが、限られた人材で膨大な出願案件を処理する以上、世界中の文献や論文等をくまなく調査して審査することは不可能です。それ故に特許が認められた発明も相当の割合で後に覆ることが有ります。一説には特許無効審判申立がなされた事案の3割以上で無効となっていると言われております。本件でも東京地裁は富士フィルムの特許出願前にアスタキサンチンを使用した化粧品の情報がインターネットで公開されていたとして新規性を否定しました。3月の特許庁の審判では棄却されましたが、訴訟での無効の抗弁は認められたことになります。このように特許侵害が申し立てられた場合には、まず相手の特許自体を無効とするべく対応することが鍵になると言えます。昨今の特許訴訟では被告のほとんどが無効の抗弁を主張します。それだけ特許は後で覆りやすく、有効な対抗手段となっております。出願時に特許庁が把握できていなかった新規性、進歩性を覆す資料は、その後の調査で十分に発見できる可能性があると言えます。特許侵害で訴えられた場合にはこの点に留意して応訴活動を展開することが重要と言えるでしょう。
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