JR北海道元会長が支払いを求め提訴、退職慰労金について
2022/09/21 商事法務, 総会対応, 会社法
はじめに
JR北海道の小池明夫元会長が、内規で定められた退職慰労金が支払われないのは違法であるとして、同社に支払いを求め提訴していたことがわかりました。JR北海道側は争う姿勢とのことです。今回は退職慰労金に関する問題について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、小池氏は1994年にJR北海道の取締役に就任し、2003年に同社社長、2007年に会長に就任し、2014年に会長を退任したとされます。JR北海道では2013年に函館線大沼駅で起きた貨物列車の脱線事故やレール検査のデータ改ざんといった不祥事を受け、臨時株主総会で小池氏ら取締役4人の退職慰労金の支払いを留保する決議をしていたとのことです。小池氏は内規で定められている退職慰労金が支払われないのは違法だとして、同社を相手取り退職慰労金相当額の支払いを求め札幌地裁に提訴しました。訴状はJR北海道側が営業秘密が記載されているとして非公開となっております。
会社法の役員報酬規制
会社法361条1項によりますと、取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益について、その額や算定方法などは定款で定めるか株主総会決議によって定める必要があるとされております。監査等委員会設置会社では通常の取締役と監査等委員である取締役の報酬は区別して定める必要があります(同2項)。このように報酬について株主による統制を及ぼす趣旨は、報酬のお手盛りにより会社、ひいては株主に損害が出ないようにするためです。報酬の総額を定款や株主総会で定めておけば、取締役の個別の報酬額の決定については取締役会に委ねることも可能です。ただし上場企業等については、会社法の令和元年改正によって、取締役の個人別報酬の決定に関する指針に関する事項を取締役会で決定しておかなければならないとされます(同7項)。
退職慰労金
取締役に支払われる退職慰労金は、在職中の職務執行の対価として支給されるものであり、会社法361条1項の「その他職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益」に該当すると言われております(最判昭和39年12月11日)。そのため報酬と同様に上で述べたとおり定款で定めるか株主総会による決議が必要となってきます。これらの定めまたは決議がない場合、原則として取締役は会社に対し退職慰労金の支払い請求権は発生せず(最判平成15年2月21日)、受け取った場合には会社に対して相当額の返還をする義務を負うと言われております。これは会社の内規で定められている場合でも同様とされます。以下退職慰労金に関する裁判例を見ていきます。
退職慰労金に関する裁判例
上記のように退職慰労金も定款または株主総会決議を要しますが、これらが無い場合であっても株主全員の同意がある場合にはお手盛り防止という法の趣旨は満たされていることから有効とした判例があります(最判平成15年2月21日)。事実上株主の了解が得られている場合も同様とされます(東京高裁平成15年2月24日)。株主総会で報酬が具体的に定まった場合、それは会社と取締役との間の契約内容となり、その後株主総会で減額または無報酬との決議がなされても取締役が同意しない限りそのような変更はできないとされます(最判平成4年12月18日)。同様にひとたび決定した退職慰労金をその後の内規の廃止にともなって同意なく打ち切ることもできないとされます(最判平成22年3月16日)。会社内規で定められ、これまでそれに従って退職慰労金が支払われており、取締役会でもその旨株主総会に上程するとされたものの、会社不祥事により株主総会で上程が撤回された事例で、取締役会と退任取締役との合意では退職慰労金請求権は発生せず、期待権も認められないとされました(東京地裁平成27年7月21日)。
コメント
本件でJR北海道の元取締役で会長であった小池氏は、内規で定められている退職慰労金が支払われないのは違法であると主張しているとされます。JR北海道では当時、管内での脱線事故やデータ改ざんといった不祥事を受けて臨時株主総会で支払い留保とされておりました。上記のように退職慰労金も役員報酬と同様に定款または株主総会決議を要します。一旦支給が決議されていた場合は事後これを一方的に変更することはできませんが、最初から不支給決定がなされた場合は原則として支払い請求権は認められない可能性が高いと思われます。今後の裁判所の判断が注目されます。以上のように退職慰労金に関する紛争はこれまで多く発生してきており、不支給や減額変更がなされた事例が特に多いと言えます。これらの裁判例を踏まえて、事前に問題が生じないよう準備しておくことが重要と言えるでしょう。
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