東芝不正会計を巡る証券訴訟、44億円で和解
2023/11/01 金融法務, 訴訟対応, 金融商品取引法
はじめに
東芝の不正会計を巡り日本カストディ銀行などが約140億円の損害賠償を求めていた訴訟で30日、44億円で和解が成立していたことがわかりました。和解が成立したのはこれで11件目とのことです。今回は金商法の規定する証券訴訟について見直していきます。
事案の概要
東芝は2015年にインフラ工事やパソコン事業など幅広い分野で利益のかさ上げが行われ、7年間で2200億円余りに上る不正会計が行われていたことが発覚しました。これは歴代の社長達が「チャレンジ」と称して売上や利益を必ず達成するよう指示し、強いプレッシャーを与えたことにより不正な会計処理に追い込まれたとされます。この不正会計問題により株価が暴落したとして、日本カストディ銀行、三菱UFJ信託銀行、日本マスタートラスト信託銀行などは2017年3月に約140億円の損害賠償を求め東京地裁に提訴しておりました。同様の訴訟は国内だけで37件提起されたとのことです。現在は22件の訴訟の審理が継続しております。
金商法による株主保護規定
会社が有価証券報告書等の開示書類に虚偽記載を行い、それによって株主が損害を受けた場合は会社に対して損害賠償請求を行うことができます(民法709条)。しかし民法上の不法行為損害賠償訴訟では、損害の発生や因果関係などについて株主が立証していく必要がありますが、虚偽記載による株価下落を立証することは困難とされてきました。そこで平成16年の旧証券取引法改正により株主保護と虚偽記載防止の観点から、このような訴訟での株主の立証責任を軽減する規定が盛り込まれました。従来株式会社による不正会計での株主の提訴は多くありませんでしたが、この改正により株価下落による損害の賠償を求める訴訟が増加したとされます。以下具体的に見ていきます。
金商法の特則規定
金商法21条の2によりますと、有価証券報告書等の書類のうち、重要な事項について虚偽の記載、または記載すべき重要な事項、誤解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が欠けているときは、株主等に対し、それにより生じた損害を賠償する責めに任ずるとしております(1項)。この場合に会社側が、虚偽記載について故意または過失がなかったことを証明したときは責任を免れるとしております(同2項)。さらに株主等が受けた損害が、虚偽記載以外の事情によって生じたことを証明したときも同様に責任を免れるとしております(同5項)。本来原告側が負っている故意・過失、損害の発生、因果関係の証明責任について、これらを会社側に転換した規定とされます。また具体的な損害額の証明が困難な場合、裁判所は口頭弁論の全趣旨や証拠調べの結果に基づいて相当な額を認定することができるとしております(同6項)。これも証券訴訟の困難性を緩和させる趣旨です。
証券訴訟に関する裁判例
有価証券報告書の虚偽記載によって上場廃止となり、株主が損害を受けたとして賠償を求めていた訴訟で最高裁は、損害額の算定につき、株式の取得価額から処分価額と虚偽記載以外の要因による市場価額の下落分を控除した額と示しました(最判平成23年9月13日)。まだ株式を保有している場合については、取得価額から事実審口頭弁論終結時の評価額と虚偽記載以外の要因による市場価額の下落分を控除した額としました。また有価証券報告書に実際には赤字であったのに黒字であると虚偽記載がされていた事例で最高裁は、「損害」を一般不法行為の規定に基づく場合と同様、虚偽記載等と相当因果関係のある損害を全て含むとし、損害を取得時の差額に限定しない旨を示しました(ライブドア事件最判平成24年3月13日)。
コメント
本件で東芝は不正会計により株価が下落したことによる損害賠償として計44億円を支払うことで和解しました。同社は約2200億円に上る不正会計の発覚により、金融庁から約73億円の課徴金納付命令を受けております。また株主による旧経営陣15人に対する株主代表訴訟では田中久雄元社長ら5人に対し計約3億円の賠償を命じる判決も出ております。以上のように金商法では有価証券報告書等に虚偽記載を行ったことで株主に損害が生じた場合、その賠償請求ができる旨、そして立証責任の転換規定が置かれております。通常このような訴訟が提起された時点ではすでに刑事訴訟や行政処分が確定していることが多く、会社側の責任は既に明確になっており、会社が責任を回避することは困難と言われております。今一度粉飾決算のリスクを周知啓発しておくことが重要と言えるでしょう。
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