Q&Aで学ぶ英文契約の基礎(8) - 英文契約の表現と読解(1)
2021/10/18 契約法務, 海外法務
この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第8回では、英文契約書の表現と読解について解説します。
Q1: 英文契約では一つの文が非常に長く読解が難しいと感じることがあります。これは何故でしょうか?
A1:次のようなことが挙げられます。
(a).「口頭証拠排除の原則」との関係や、国際契約は異なる国の当事者間で締結されることなどから、各条項を、前提条件や例外事項を含め、詳細かつ厳格に規定しようとすること(第1回のA2参照)
(b). 日本人が英語学習で普通習わない言葉が使われる場合があること(次のA2参照)。
(c). 同じようなことについて、似た言葉を並べる場合があること(後記A3参照)。
Q2:英文契約では日本人が英語学習で普通習わない言葉が出てくることがあります。これらは何ですか?
A2:これらの言葉は、古い英語、ラテン語、フランス語起源の言葉などです。
このうち、ラテン語、フランス語起源の言葉は、英国が、かつて、ローマ帝国(ラテン語)(1世紀~)やフランスのノルマンディー公ギヨーム(フランス語・ラテン語)(11世紀~)などの征服を受けたことがあることに起因しています。
(古い英語の例) 契約書の頭書の"WITNESSETH"(以下を証する)(第2回のA4参照)
(ラテン語の例[1]) "in lieu of" (~の代わりに)、"inter alia"(特に、なかんずく)
(フランス語起源の言葉の例) "force majeure"(不可抗力)
Q3:英文契約では、似た言葉が複数並べられていることがあります。これはなぜですか?
A3:これは、上記A2の英語・ラテン語・フランス語起源の言葉の相互間の微妙な違いを含め、大体同じ意味であっても、間違いなく全てをカバーしようとすることが理由です。
(例1) "each and every ~"(~のそれぞれおよびそれらの全て)、"null and void"(無効で)
(例2) "force majeure"(不可抗力)となる事項の羅列
Q4:英文契約を正確に読解するためには何に気を付けたらいいですか?
A4:英文契約特有の表現に慣れることの他、各条項の文構造を正確に理解することが重要です。
以下に例文を挙げて解説します。
Subject to the terms of this Agreement, Licensor hereby grants to Licensee a non-exclusive license under Licensed Patents and other Licensed IP Rights and a non-exclusive license to use the Licensed Information in accordance with the terms of use or license set forth in Exhibit B attached hereto, to make, use, offer to sell, sell, import or lease the Licensed Products, in Licensed Territories, so long as this Agreement remains in effect. 本契約の条件に従い、ライセンサーは、本契約により(hereby)、ライセンシーに対し、本契約別紙B記載の利用またはライセンス条件に従って、「ライセンス地域」において、本契約の有効期間中、「ライセンス製品」を製造、利用、販売申出、輸入または貸渡すための、「ライセンス特許」その他の「ライセンス知的財産権」に基づく非独占的ライセンスならびに「ライセンス情報」を利用する非独占的ライセンスを許諾する。 |
上記は、日本語訳でも長い一文となっています。しかし、英文契約ではこの程度の長さは普通であり、上記の一文でライセンスに必要な基本的事項を全て網羅しています。
長いですが、以下のようなポイントを押さえていけば正確に理解できます。
(1). 基本的な文構造(構文)を理解すること
上記の一文は、簡単に言えば、Licensor(主語:S)がLicensee(目的語:O1)に対して a non-exclusive license(目的語:O2)をgrants(述語:V)するという文で、これに様々な条件(広い意味での条件)がついていると言うに過ぎません。
従って、先ず、このような文の基本構造(いわゆる5文型)を正確に押さえることが重要です。
In the event that ~(S+V....), ~(S+V....)というような複文もありますが、主節(ここでは後半部分)と従属節(ここでは前半部分)を見分けた後は、それぞれの節の中で5文型を押さえれば足ります。
契約書は小説などとは違いますから、破格(文法違反)の文というものはありません。必ず、5文型と英語の文法に従って書かれている筈です。もしそうでなければ、その文がおかしいということになります。
(2). "shall"と"may"に着目して構文を理解すること
上記の一文は"grants"が述語(動詞V)です。しかし、契約書の目的は各当事者の権利または義務を定めることですから、ほとんどの文は次のいずれかを含む文となっています。
(a) "shall +V" (Vするものとする/Vしなければならない)
(b) "may+V"(Vすることができる)
従って、この"shall"または"may"を手掛かりに主語と述語を見極め、その後、目的語など5文型の他の要素を押さえていけば、比較的容易に文の全体構造を理解できます。
(3). 様々な条件の把握
様々な条件(広い意味での条件)は、条件を示す言葉を見つけることにより把握します。例えば、上記の例では以下のような言葉が条件を示しています。
"Subject to ~"(~に従い)
"under ~"(~に基づき)
"in accordance with ~"(~に従って)
"to make, ~" (~するための(に))
"in ~" (において)
"so long as ~"(~の間)
Q5:一文が非常に長く、いくら読んでも文の内容が理解できない場合や、理解できたか否か不安が残る場合があります。何か工夫はありますか?
A5:以下のような工夫が考えられます。
(1). 原文を残した上で、そのコピーしたテキストを、一文ずつ、例えば、以下のように分解してみる。
Subject to the terms of this Agreement,
Licensor hereby grants to Licensee
a non-exclusive license
under Licensed Patents and other Licensed IP Rights and a non-exclusive license to use the Licensed Information
in accordance with the terms of use or license set forth in Exhibit B attached hereto,
to make, use, offer to sell, sell, import or lease the Licensed Products,
in Licensed Territories,
so long as this Agreement remains in effect.
今の契約交渉はほとんどWord file(への変更履歴付き修正と修正理由の付記)でやりとりされていると思います。また、仮に相手方が契約書案をPDF fileでしかくれない場合でもPDFからWord Fileに簡単に変換できるソフトウェアもあります。また、ハードコピーでしかくれない場合でも、一旦コピー機のスキャン機能でPDFに変換した上、同じソフトウェアでWordに変換できる場合もあります。
このようにして、原文を残したままで、そのコピーしたテキストを色々分解してみると、文構造と意味が理解できることがあります。但し、本当にその理解で正しいかを、もう一度原文のままで読んで確認する必要があります。また、分解中に原文が失われることを防止するため、この分解・分析は原文を残したまま、そのコピーで行わなければなりません。
この分解による分析は、特に、条件や目的語などがいくつもある場合に有効です。
(2). 自分の理解が本当に正しいかを確認するために、特に重要と思われる条項については和訳することをお勧めします。
完全に理解できていれば正確に和訳できるはずであり、また、和訳が適切にできたと思える場合は、ほぼ正確に理解できていることが多いです。
最初はうまく訳せないかもしれませんが、努力を重ねていけば必ずうまく訳せるようになります。
Q6:英文契約を読んでいると、"~ which ......"という表現が頻繁に出てきます。英文契約読解上、どのような点を気を付けたらいいですか?
A6:"~ which ......"の"which"は前の部分(先行詞)を修飾(条件付けまたは限定) します(関係代名詞"which"の「制限用法」)。先行詞とそれを修飾する部分をきちんと見極めてその文を理解する必要があります。
この"which"は、例えば、"in which", "on which", "during which", "as to which"など、前置詞が付いた形も含め、英文契約書で頻繁に登場します。
なお、これとは別に、"~, which ......"のように"which"のまえに「,」がついている場合もあります(関係代名詞"which"の「非制限用法」)。この場合は、"which"の前の文章と切り離し、"which"が指し示す言葉(先行詞)を主語とする別の文に分けることができます。従って、和訳では分かり易くするために別の文として訳して構いません。
以下にそれぞれ例文を挙げて説明します。
(1). "~ which ......"の"which"
As consideration for the license hereunder, Licensee shall pay Licensor a license fee (“License Fee”) of [ ] percent ( %) of Net Sales Price of all Licensed Products which Licensee did make, ........(以下省略). 本契約に定めるライセンスの対価(*)として、ライセンシーは、ライセンサーに対して、ライセンシーが製造........した「ライセンス製品」の「純販売額」の~%のライセンス料を支払うものとする。 (*) ここでは「約因」ではなく「対価」と訳します。 |
英語学習では"which"を制限用法で使う場合、"that"と"which"のどちらを使っても構わないと教えられます。しかし、英文契約ではほとんどの場合"which"が使われています。従って、日本人が英文契約を書く場合も"which"を使うのがいいでしょう。
この"which"も上記A4-(3)の「様々な条件」の仲間と考えていいでしょう。すなわち、5文型の要素となる単語(目的語等)を修飾しその言葉を条件付けまたは限定します。
(2). "~, which ......"の"which"
Licensee shall keep and maintain books and records with regard to License Fee ....... , which shall be submitted to Licensor ..... upon its request. ライセンシーは、「ライセンス料」に関する帳簿および記録を作成・維持するものとし、当該帳簿および記録は、ライセンサーの要求があれば提出しなければならない。 |
上記例文の場合、「~作成・維持するものとする。当該帳簿および記録は~」と二文に分けて訳すことができます。特に長い文章では、このように分けた方が分かり易くなり、意味も変わりません。
Q7: 義務を表す用語は"shall"でいいですか?相手方の提示してきた契約書案で相手側の義務だけ"will"が使われていました。問題ないでしょうか?
A7: 義務を表す用語としては基本的には"shall"を使うのがよいと思います。ご質問のケースにおいては、"will"を"shall"に変更することを相手方に要求すべきです。
義務を表す用語には、"shall"(するものとする/しなければならない)の他に" is (またはshall be) obliged to ~(do) ", "has(have) an obligation to (do)"などもあり、これらを相手方が使ってきたときはあえて反対する必要はありません。当方が使う場合は、シンプルに全て"shall"で通せば間違いがないと思います。なお、"must"は使いません。
"will"は、"shall"よりも柔らかい語感がするからか、個人を含む一般向けのサービスなどで使われているのを見かけます[2]。"will"も、当事者双方について"shall"などと混在することなく一貫して使われていれば通常問題ありません。
しかし、当方の義務については"shall"が使われているのに、相手方の義務だけ"will"が使われている場合は、相手方に何らかの意図がある可能性や、管轄裁判所が当方の意図しない解釈をする可能性が全くないとは言えません。従って、このような場合は、相手方に"will"でなければいけない理由を聞き、または、"shall"と同じだというのであれば、当方の義務には"will”を、相手方の義務には"shall"を使うことを提案するなどして、最終的には全て"shall"にするのがいいでしょう。
Q8: 時々、相手方の義務のように思われるのに、動詞がshallのつかない現在形で使われていることを見かけることがあります。これは問題ありませんか。
A8:次のような例ではむしろshallのつかない現在形の動詞が適切です。
(1). ライセンス契約中の"Licensor hereby grants....."(上記A4の例文)
この場合は、将来にではなく、その契約書により今まさにライセンスを許諾するという意味で現在形が使われていますので、現在形が適切です。
(2). "agrees to (do)", "warrants ~", "represents and warrants that ~"
最初の"agrees to"(~することに合意/同意する)および"warrants"(~を保証する)はそれ自体が実質的に義務を表すこと、"represent"は契約書締結時点の事実の表明("represent"の後の"warrants"は今後もその事実状態を維持することの保証)であることから現在形が適切です。
Q9:権利を表す言葉は"may"でいいですか?
A9:基本的には"may"(~することができる)を使えばいいと思います。但し、特に権利性を強調する/したい場合は、"shall have the right to (do)"などとした方がよい場合もあります。なお、"can"は使いません。
Q10:禁止(~してはならない(ものとする))は何と言えばいいですか?
Q10:"shall not"を使えばいいと思います。"may not"も基本的に問題はありません。なお、"must not"は使いません。
「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第8回はここまでです。次回は今回に続き、英文契約の表現と読解について解説します。
[1]【他のラテン語の例】 こちらの栗林総合法律事務所のサイト参照
[2]【当事者の義務を表すために"will"が使われている例】 第7回で取り上げたAmazonの"AWS Customer Agreement" 英語原文
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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。
(*) この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。
review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)
【筆者プロフィール】
1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで複数の日本企業および外資系企業で法務・知的財産部門の責任者またはスタッフとして企業法務に従事。1998年弁理士試験合格。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員。 【発表論文・書籍一覧】
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