Q&Aで学ぶ契約書作成・審査の基礎 第7回 – 定型約款の実務1
2021/10/06 契約法務
前回, 2020年の民法改正により導入された「定型約款」制度について解説しましたが, 今回は, 民法上の「定型約款」規定を踏まえ, Webサイト・アプリ等(以下「サイト」)を通じ顧客・ユーザ(以下「ユーザ」)に対し行われる売買・サービス等(以下「取引」)に適用される契約条件(以下「利用規約」)作成上の実務的問題について解説します。[1]
なお, ここで取り上げる利用規約については, 民法上の定型約款規定の「定型取引」要件および「定型約款」要件(民法548の2(1)柱書)(前回Q2, Q3参照)は既に満たされているものと仮定します。
本稿において, (i)法令等の説明中の( )内の数字は条文または参考資料の関連ページ等の番号であり, (ii)法令等への言及中における[ ]内の内容は筆者による補足・追記です。
【目 次】 (各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします) |
Q1: 利用規約についてユーザを法的に拘束するには?
A1: 以下に前回Q4の内容(解説部分を除く)を再掲しますが, 以下の①, ②いずれかの組入要件を満たすサイトの設計としなければなりません。
(前回)Q4: 「定型取引」および「定型約款」に該当すると?
A4: 定型取引を行うことの合意をした者[事業者と顧客]は, 次の①,②いずれかの場合には, 定型約款の個別の条項についても[仮に顧客側が約款を全く読まないとしても, 約款の全ての条項について]合意をしたものとみなすとされています(民法548の2(1))(以下この定型約款についてみなされた(擬制された)合意を「定型約款みなし合意」という)。 (定型約款が契約内容となる(組入れ)ための要件 – 一般に「組入要件」と呼ばれる) ①[顧客が]定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。 ②定型約款を準備した者(「定型約款準備者」=事業者)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方[顧客]に表示していたとき。 |
【具体的方法】
(1) ユーザを法的に拘束する(みなし合意を成立させる)ための方法の選択肢
上記より, 企業が自社利用規約(定型約款)についてユーザを法的に拘束する(みなし合意を成立させる)には, 以下のいずれかの選択肢があることになります。
①何らかの形で, サイト上でユーザに利用規約適用に「同意」してもらうこと。
②何らかの形で, サイト上でユーザに利用規約適用を「表示」するにとどめること。
(2)利用規約を表示するための方法の選択肢
上記(1)①,②いずれの場合でも, 利用規約自体は, 顧客から要求があったら, その時点で提供すればよく, ①または②によるみなし合意成立の前に表示することは必須ではありません(但し事前の提供請求を拒絶した場合はみなし合意不成立)(民法548の3)(前回Q6参照)。従って, みなし合意成立には直接の関係ないものの, 企業としては, 利用規約の表示について以下のいずれかの選択肢があることになります。
(a) 何らかの形で, サイト上で最初から利用規約を表示しておくか, または, リンク・URLを表示しユーザが閲覧・ダウンロードできるようにしておく。
(b) 上記いずれもしない(ユーザの請求があったら提供する)。
(3) どの方法を選択すべきか?
上記より企業の選択肢としては, (i) サイト上で最初から利用規約を表示(またはダウンロード可能に)しておいた上でその利用規約適用に同意してもらう, 最もユーザフレンドリーな方法から, (ii) サイトのどこにも利用規約を表示せず(ダウンロードもできないようにしておく), 単に利用規約を適用することだけ表示・宣言しておく, 最小限の対応方法まで, 取り得る方法のバリエーションがあることになります。
これらの方法のどれでも, ユーザを法的に拘束する(みなし合意を成立させる)という目的は達成できるわけですが, (ii)のような方法にみなし合意成立の法的効果を与えることには, 一部学者等から強い批判がありましたし[2], 法律論は別として, そのような方法をとった場合には消費者・社会から強い批判が浴びせられるリスクがあります。
また, 企業におけるコンプライアンスでは, 単に「法令を守れば良い」というわけではなく, 社会の倫理観等を含む社会的規範に従い公正・公平に事業を行うことが期待されています。
従って, 一般社会の納得を期待できると予想される場合(*)でない限り, 基本的には, 上記(i)のサイト上で最初から利用規約を表示(または閲覧・ダウンロード可能に)しておいた上でその利用規約適用に同意してもらうことを選択すべきでしょう。
(*)の例:無料のメルマガ配信サービスにおいて利用約款を設ける等の場合に, 「本サービスのご利用には当社利用約款が適用されます」と表示するだけ(但し利用約款へのリンク・URLも表示することが望ましい)。[3]
Q2: 「利用規約表示+その適用への同意取得」の推奨方法は?
A2: 以下のような方法が推奨されます。
①サイト上で, 個別の取引の際または会員登録の際, 次の②の同意ボックス(または同意ボタン)と同一画面上に, 利用規約(またはそれを閲覧またはダウンロードできるリンク・URL)を表示しておく。
②上記①の利用規約(またはそのリンク・URL)の表示の下に, 以下の例のような同意ボックス(または同意ボタン)を表示しておき, それにチェックをいれてもらう(またはボタンを押してもらう)。
(同意ボックスの例)
□ 利用規約に同意します。
(同意ボタンの例)
利用約款に同意の上申し込みます/登録します |
【解 説】
(1) 利用規約を表示(または閲覧・ダウンロード可能に)する方法
みなし合意成立のためユーザに利用規約適用に「同意」してもらう方法を選択する場合, 予め利用規約を表示することは民法上必須ではありませんが, みなし合意成立のためユーザに利用規約適用を「表示」する方法を選択する場合における, その「表示」要件が参考となります。
脚注[4]の「実務Q&A」には, この場合の「表示」について要旨以下の通り記載されています(p70)。
・ この「表示」は, 取引を実際に行おうとする際に, 顧客である相手方に対して定型約款を契約内容とする旨が個別に示されていると評価できなければならない。従って, 自社ホームページ等で一般的にその旨表示しているだけでは足りない。インターネットを介した取引等であれば, 契約締結画面までの間に同一画面上で認識可能な状態に置くことで「表示」があったということができる。
従って, 具体的には, サイト上で, 個別の取引の際または会員登録の際, ユーザが次の(2)の利用規約適用の同意ボックスにチェックを入れるか同意ボタンを押すまでの間に, その同意ボックスまたは同意ボタンと同一画面上に, 実際に利用規約を表示するかまたはそれを閲覧またはダウンロードできるリンク・URLを表示しておくということになります。
(2) 利用規約適用に同意してもらう方法
一般的には以下のような方法があり[5], 以下のそれぞれについての評価を記します。
①同意チェックボックスを用意しユーザにチェックをいれてもらう方法
(同意ボックスの例)
□ 利用規約に同意します。
(評価) ◎ - ユーザの同意意思が明確。
②取引申込または会員登録等のボタンに利用規約同意の機能を兼ねさせる方法
(同意ボタンの例)
利用約款に同意の上申し込みます/登録します |
③サービス利用/利用継続により合意ありとみなそうとする民法改正前からある方法
(例)利用規約中にまたはそれとは別途「本サービスを利用する/の利用を継続したことにより利用約款に同意したものとみなされます」と表示。
(評価)× - 改正民法上のユーザ(自ら)の同意ではないし, 企業が「利用規約を適用する」ことを表示することによるみなし同意も成立しない。
なお, 上記①,②において, 該当の取引に利用され得る約款が複数ある場合は, 一つの約款に特定するため, 単に「利用規約」ではなく, 「○○利用規約」のように他と識別可能な程度に表示しなければなりません(「実務Q&A」 p71)。
Q3: 利用規約の内容の注意点は?
A3: 第1に, 消費者にも適用され消費者契約法[6]の適用を受ける利用規約については, その中の規定が同法第8条~第10条により無効とされる条項(以下「消費者契約法無効条項」)に該当しないようにしなければなりません。
第2に, その利用規約が消費者契約法の適用を受けない場合でも, その中の規定が民法第548条の2第2項により合意をしなかったものとみなされる条項(以下「定型約款不当条項」)(前回Q5参照)に該当しないようにしなければなりません。
【解 説】
(1)消費者契約法無効条項(要旨)
①事業者の損害賠償責任の全部を免除する条項/または事業者にその責任の有無決定権限がある条項(8(1)一号・三号)。但し, 契約不適合について履行追完または代金・報酬減額をする場合を除く(8(2))。
(例文)「当社は, ...について一切責任を負いません」/「当社が過失を認めた場合に限り, 当社は損害賠償責任を負います」
②事業者の故意・重過失による場合に損害賠償責任の一部でも免責する条項/または事業者にその責任の限度額決定権限がある条項(8(1)二号・四号)
③事業者の契約違反に対する消費者の解除権を放棄させる条項/事業者にその解除権の有無決定権限がある条項(8の2)
(例文)「...いかなる理由があっても, キャンセル・返品, 返金, 交換は一切できません」
④消費者による, 途中解除について平均的損害額を超える/または支払遅延について年14.6%を超える, 損害賠償額・違約金を定める条項(その超える部分が無効)(9)
⑤民法等の任意規定に比べ消費者の権利を制限・義務を加重し, 信義則に反し消費者の利益を一方的に害する条項(10)
(2)定型約款不当条項(要旨)
顧客の権利を制限・義務を加重し, 取引の態様・実情・社会通念に照らし信義則に反して顧客の利益を一方的に害する条項
(条項例)顧客に過大な違約罰を定める条項/事業者の故意・重過失により生じた損害についてまで事業者の免責を定める条項/本来の商品の他, 想定外の別商品の購入を義務付ける不意打ち的抱合せ販売条項。(「実務Q&A」 p 91, 「法務省Web資料」[7] p 29)。
(3)無効または合意不成立になるだけだから一応規定しておくことの適否
消費者契約法無効条項または定型約款不当条項に該当したとしても単にその条項だけが無効または合意不成立とされるだけなので, これらに該当するかもしれない条項でも一応規定しておくという方法もあると思います。しかし, このような方法は以下のような点から問題があり, やはり, 可能な限り, 消費者契約法無効条項/定型約款不当条項に該当しないよう規定すべきと思われます。
①法律論は別として, そのような方法をとった場合には消費者・社会から強い批判が浴びせられるリスクがある。特に, 消費者団体訴訟制度[8](消費者契約法12~)に基づく適格消費者団体からの差止請求訴訟および同団体によるその公表・判決等の政府による公表(同法39)[9], メディア・SNSによる拡散等による企業イメージのダウン等, レピュテーションリスクも考慮すべきである。
②企業におけるコンプライアンスでは, 単に「法令を守れば良い」というわけではなく, 社会の倫理観等を含む社会的規範に従い公正・公平に事業を行うことが期待されている。
今回はここまでです。
【注】
[1] 【本稿執筆上参考とした資料の例】 (1) 杉浦 健二「民法改正から1年, WEBサービスの利用規約実務のいまと再確認のポイント(前編)」2021/04/20, Business Lawyers/同「民法改正から1年, WEBサービスの利用規約実務のいまと再確認のポイント(後編)」2021年04月26日, 同. (2) 『有事に備える「利用規約」審査・運用の実務ポイント』 ビジネス法務 2021年8月号 p.11-38に掲載の以下の各記事。吉川翔子「改正民法関連規定から検討する有効な「同意取得」方法とは」/山羽智貴「サイボウズにおける禁止事項・罰則規定の見直し」/有馬優人「免責条項の有効性・有用性の考察と有事対応のポイント」/須藤希祥「サルベージ条項をめぐる議論の最新動向と対応」/植田貴之「クラウドサービスでのデータ利活用に係る規定」/大坪くるみ「プライバシーポリシー作成・審査の際の着眼点」
[2] 【定型約款みなし合意に対する批判】 (例)河上正二「ロー・クラス 債権法講義[各論] 特講 民法改正法案の「定型約款」規定を考える」 2017/06/No.749 日本評論社, p.66-74
[3] 注1の吉川 p15,16の例を参考とした。
[4] 【「実務Q&A」】 村松・松尾「定型約款の実務Q&A」(2018/11/19, 商事法務)(「実務Q&A」). - 立案担当者の解説書
[5] 【利用規約適用に同意してもらう一般的方法】 (参考) 勝部泰之「利用規約・プライバシーポリシーの適切な同意の取り方を弁護士が解説」 2021/06/15, トップコート国際法律事務所 – 3(2)
[7] 【「法務省Web資料」】 法務省「約款(定型約款)に関する規定の新設」(「法務省Web資料」)
[8] 【消費者団体訴訟制度】 消費者契約法12~。消費者全体の利益を擁護するため, 一定の要件を満たす消費者団体を内閣総理大臣が「適格消費者団体」として認定して, その団体に事業者の不当な行為(不当な勧誘, 不当な契約条項の使用)に対する差止請求権を認める。
[9] 【適格消費者団体からの差止請求訴訟および同団体によるその公表・判決等の政府による公表】(例)埼玉消費者被害をなくす会「(株)ディー・エヌ・エーに対する差止請求訴訟において, 当会の主張が認められた判決が出ました」. 消費者庁「埼玉消費者被害をなくす会と株式会社ディー・エヌ・エーとの間の訴訟に関する控訴審判決の確定について」 2021年1月6日
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【免責条項】
本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害等について当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては, 自己責任の下, 必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。
(*) このシリーズでは, 読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし, そのような疑問・質問がありましたら, 以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが, 筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。
review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)
【筆者プロフィール】 浅井 敏雄 (あさい としお) 企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事 1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を米系・日本・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事, 国際取引法学会会員, IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員, CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)
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