ブラック企業名を公表、厚労省の新公表基準
2016/05/31 労務法務, 労働法全般, その他
はじめに
厚労省は19日、棚卸し代行業「エイジス」(千葉市)の複数の事業所で違法な長時間労働をさせていたとして是正勧告を行っている旨公表しました。今回が初適用となる新公表基準とその問題点について見ていきたいと思います。
事件の概要
株式会社「エイジス」はジャスダックに上場している棚卸し代行業者で、従業員数は700人以上、全国50ヶ所に営業拠点を置き昨年度の売上は約180億円にのぼる大手企業です。厚労省によりますと、エイジスは月100時間を超える違法な残業をさせていた営業所が4ヶ所あり、63人の従業員が過重労働を強いられていました。そのうち最長の労働時間であった従業員の時間外労働は月約197時間にのぼっていました。厚労省はこの一年間でこれら4つの営業所に4回行政指導を行っていましたが改善が見られず5月19日企業名の公表に踏み切りました。これを受けエイジスは同日、厚労省より是正勧告を受けた旨、第三者を交えて長時間労働是正に向けたプロジェクトチームを立ち上げた旨発表しました。
これまでの公表基準
従来、企業の違法な長時間労働に対しては、是正勧告を経て、書類送検がなされた場合に限り企業名が公表されていました。労働基準監督官は労働基準法101条に基づき事業場を臨検し、書類の提出を求め、使用者を尋問することができます。それにより労働関係法令に違反する事実が見つかった場合には是正勧告がなされます。これはあくまでも行政指導であることから、それに従うかは任意であり直接の強制力はありません。しかしこれに従わなかった場合、監督官は102条に基づき司法警察官として書類送検を行うことになります。この段階で初めて公表されることになりますが年間是正勧告がなされる件数は約10万件にのぼり、実際に書類送検されるのは1000件程度となっております。つまり全体の99%は送検・公表に至らず是正勧告の実効性は乏しいとされていました。
新公表基準
厚労省は昨年5月ブラック企業名公表の新しい基準を発表しました。それによりますと、①労働基準法違反があり、一ヶ月当たりの残業や休日労働が100時間超えであること②一つの事業所で10人以上の労働者に違法な長時間労働があること③一年間に3ヶ所以上の事業所で違法な長時間労働があること④労働基準監督官から是正勧告を受けた大企業であること、これらの要件に該当する場合に公表されます。新基準における最も重要な変更点は行政指導である是正勧告を受けた時点で公表できるということです。これまでは是正勧告を無視し続け、書類送検にまで至らなければ公表されなかったことからすると公表要件は格段に下がったと言えます。しかし一方でその対象は大企業のみとなっており中小企業は含まれておりません。
コメント
エイジスは4つの営業所で時間外労働が100時間を超える従業員が10人以上あり4回にわたって是正勧告を受けていたことから上記の要件を満たすことになります。昨今、行政上の義務履行の確保手段として「公表」が注目されていることについては以前にも取り上げました。企業にとって数100万円の罰金や数ヶ月の懲役刑を課されるより社会的な評価や信用が低下するほうがダメージが大きく実効性が高いということです。そしてこういった社会的制裁によるダメージは大企業ほど大きいと言えます。厚労省の新公表基準が大企業のみを対象としているのもそういった意味合いがあるものと思われます。しかし違法な長時間労働は大企業に限ったことではなく、むしろコンプライアンス体制が脆弱な中小企業にこそ多いとも考えられ、公表の対象外となった中小企業は安心して労基法違反を行えるということにもなりかねず、長時間労働撲滅という目的からは疑問であると言えます。今回、新基準が発表されて1年が経過し、初めての公表となりましたが、厚労省はこの1年で要件に該当したのが幸いにも1件だけだったとしています。労働問題の専門家等からは「氷山の一角であり違法な長時間労働の企業が1件ということは考えにくい、むしろ実効性が下がったのでは」との声も上がっています。一方で時間外労働が月80時間になれば調査されるようになったので一定の抑止力にはなっているとの声もあります。労働問題の是正に向けて、今後は、こうしたペナルティ制度の充実と並行して、企業にとって改善のインセンティブを与えるような政策も必要となって来るのではないでしょうか。
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