自社株の無償交付を従業員に拡大へ、会社法改正の動き
2025/01/14   商事法務, 法改正, 会社法

はじめに

 企業が保有する自社株をより柔軟に活用し、企業の成長投資を後押しするため経済産業省が月内にも会社法改正に向けた報告書をまとめる方針であることがわかりました。従業員への無償交付などが盛り込まれる予定です。今回は会社法の自己株式の処分と改正案について見ていきます。

 

改正の経緯

 読売新聞の報道によりますと、経済産業省は企業が保有する自己株式を、海外企業のM&Aの際の相手企業の株主に交付することや、従業員への無償交付ができるようにする会社法改正に向けた報告書を取りまとめるとされます。2月に始まる法制審議会での議論に反映する狙いがあるとのことです。現行法では自己株式の無償交付は取締役等に限られており、従業員が取得するにはストックオプションを取得するといった手続が必要となっており、より簡易な方法で取得ができるようになれば、従業員の働く意欲向上つながるとされます。またM&Aの対価として活用できれば、資金調達をしなくても柔軟に海外企業との組織再編が可能となります。

 

自己株式の処分

 自己株式についてはこれまでも取り上げてきましたが、ここでも簡単に触れていきます。自己株式とは、株式会社が発行した株式を様々な原因で会社自身が取得したものです。取得原因としては取得請求権付株式や取得条項付株式、全部取得条項付種類株式などを取得する場合、吸収合併等の組織再編によって相手企業が保有していた自社株を取得した場合、そして株主との合意によって取得する場合などが挙げられます。自己株式の取得は実質的に出資の払い戻しの側面もあることから、一定の財源規制に復することとなります。そして自社が保有する自己株式を処分するには原則として募集株式の発行と同様の手続が必要です。具体的には取締役会や株主総会による決議、通知や公告、引受申し込みや出資、登記などが必要となってきます。一方で自己株式の消却は取締役会決議(取締役会非設置会社は取締役の決定)で可能となっております。

 

ストック・オプション

 自社の株式を報酬として与える方法として「ストック・オプション」というものがあります。ストック・オプションとは、新株予約権の一種で、株式会社が個人に対して特定の金額で自社の株式を購入する権利を付与するというものです。自社の株価がその特定の金額より上がれば、取得して売却することで利益を得ることができる、一種のインセンティブ報酬と言えます。役員や従業員等に自社株を報酬として与えるにはこのストック・オプションによることとなります。その手続はやはり新株予約権の発行と同様となります。具体的には取締役会決議、株主総会決議、新株予約権の割当、登記となります。新株予約権の発行手続は基本的に募集株式発行と同様となっており、公開会社か非公開会社か、また対象となる株式が譲渡制限株式か否かなどによって変わってきます。

 

令和元年改正法による規制

 令和元年改正会社法では、取締役の報酬として払込みをせずに株式を付与する手続が用意されました(202条の2第1項1号)。上でも触れたように自社の株式を報酬として与える場合はストック・オプションか、または募集株式発行の手続による必要がありました。いずれの場合も払込をせずに無償で与えることができず、また有利発行になる場合は株主総会での説明や特別決議を要するなど、会社法の手続規制が自社株を報酬とすることの足かせとなっておりました。そこでこのような制度が用意されております。具体的には、(1)取締役の報酬等として株式の発行または自己株式の処分をする場合、または(2)取締役の報酬等として新株予約権を発行する場合は、金銭の払込等を要しないとされております。これにより無償での役員報酬として自社株、または新株予約権を付与できることとなります。ただし対象はあくまでも取締役に限定されており、従業員等には活用できず、また会社も上場会社のみに限定されております。

 

コメント

 以上のように現行会社法では自社株をそのまま取締役や従業員、子会社役員等に与えることはできません。ストック・オプションとして付与する場合も、自己株式処分として与える場合も基本的に募集株式発行と同様の手続規制を受けることとなります。現在取締役に対しては報酬として無償付与が一定の要件の下可能となっておりますが、それ以外ではまだできておりません。今回の経産省の方針では保有する自己株式をより柔軟に無償交付したり、M&Aの対価として利用できるようにすることが盛り込まれる予定です。これが実現した場合には、自己株式が、資金調達をせずに利用できる会社財産としてより利用価値が上がるものと言えます。自己株式の取得手続や財源規制なども踏まえて、法改正の動きを注視しておくことが重要と言えるでしょう。

 

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