商工中金不正融資問題 不正融資に対する経営者の責任について
2017/06/17 金融法務, コンプライアンス, 民法・商法, 会社法, その他
1 はじめに
政府系金融機関として有名な株式会社商工中央金庫(本店:東京都千代田区)が、国の特別な支援制度に基づく融資で不正行為を繰り返していた疑いがあるとして、金融庁は2017(平成29)年5月24日の午前中に本店への立ち入り検査を行いました。そこで、今回は金融機関が企業に対して不正融資をした際に金融機関の経営者がどのような責任を負うかについてみていきたいと思います。
2 事件の概要
商工中金は、政府が経済発展・国民生活の発展等の一定の政策を実現するために、法律により特殊な法人として認められた政府系金融機関です。商工中金の第三者委員会の調査によると、金融危機や自然災害等で経営が悪化した中小企業に国の支援制度を使って低利で資金を貸し付ける「金融対応融資」において、本来対象にならない企業に低利で融資するため、財務データを改ざんするなどの不正行為が全国で繰り返されている疑いがあるとのことでした。本店での不正の隠蔽行為も確認されており、金融庁は今後、数カ月をかけて、資料の分析や聞き取り調査を行う見通しです。検査の結果、法令順守や内部管理で新たな問題が判明すれば、改めて行政処分を行うことも検討するとのことです。
「商工中金に立ち入り検査=不正融資の実態解明-金融庁」(時事ドットコムニュース)
危機対応業務の要件確認における不正行為事案への対応について(商工中金Webサイト)
3 金融機関の経営者が負う法的責任
(1) 民事責任
まず、民事責任については、会社と取締役間の委託契約(民法643条)に基づく、善管注意義務(民法644条)違反による債務不履行に基づく損害賠償責任が問われることとなります。善管注意義務とは、業務を委任された人の職業や専門家としての能力などから考えて通常期待される注意義務のことを指します。また、取締役は会社法上の忠実義務違反(会社法355条)に違反するとして、会社に対する損害賠償責任(会社法423条1項)を負う場合があります。なお、経営判断の原則により、取締役が損害を負わないケースもあります。
東芝 臨時株主総会で責任追及 経営判断の原則とは(法務ニュース)
(2) 刑事責任
刑事事件において、不正融資とは「不良貸付」と「不当貸付」の2種類に分けて考察されることとなります。「不良貸付」とは、回収に困難が予想される資金の貸付および、損害の発生が予想される支払承諾を総称するものです。他方で、「不当貸付」とは法令・定款・内規等に違反する資金の貸付及び支払承諾を総称するものです。
今回のケースですと、審査書類を改ざんし、融資実績を水増ししていた疑いがあるため、会社法330条・民法644条の善管注意義務及び会社法355条の忠実義務という法令や会社の内規に違反していると考えれらます。とすると、金融機関が株式会社である場合には会社法上の特別背任罪(会社法960条)、信用金庫や信用組合の場合には刑法上の背任罪(刑法247条)が成立することがあります。
なお、他人の物の占有者が自己の任務に背き、権限がないのにもかかわらず所有者にしかできないような処分をする意思、いわゆる、不法領得の意思が認められれば、業務上横領罪が成立する可能性があります。
佐久間 修「刑法からみた企業法務 第5回 財産上の損害と刑事責任ー背任罪と横領罪」(刑法からみた企業法務:PDFファイル)
4 法務部が取るべき手段
法務部員としては、以下のような指導をすることが考えられます。
(1) 内部統制システムの構築・強化
内部統制システムとは、会社法362条4項6号において、「取締役の職務の執行が法令および定款に適合することを確保するための体制」と規定されており、このようなシステムを構築するように指導することが考えられます。
(2) 内部通報制度の導入・活用
内部通報制度とは、不正を知る従業員等からの通報を受け付けて、通報者の保護を図りつつ、適切な調査・是正・再発防止を講じる事業者内の仕組みのことを指します。
(3) 内部監査でのリスク対応・研修等による役職員のコンプライアンス意識の醸成・向上
内部監査や役職員のコンプライアンスの意識を醸成・向上させることも考えられます。
(4) その他の手段
人工知能(AI)を活用したEメール自動監査システムやパソコンの不正操作探知システム等のテクノロジーを使った不祥事予防策も考えられます。
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