風評被害と不法行為
2017/10/31 危機管理, 訴訟対応, 民法・商法
1.はじめに
消費者庁は10月11日、第10回の食品中の放射性物質等に関する意識調査をおこない、風評被害の消費者意識に関する調査結果を報告しました。風評被害は企業に重大な損失を与える可能性が高く、企業にとっても無視できない事柄のひとつと考えられます。今回は、企業が風評被害を被って民法の不法行為に基づく損害賠償をした場合に、どのような対応をとるべきか、主張内容や認定額について見ていきながら考えてみたいと思います。
2.民法709条の要件
企業が風評によって被害を受けた場合、基本的には民法の709条「不法行為」によって損害賠償請求ができるのかを検討していくことになると思います(原子力に関する被害の場合、一般不法行為の特則として「原子力損害の賠償に関する法律」が適用されます。また、国や地方公共団体が不法行為者に該当する場合は「国家賠償法」が適用されます。)。
709条の適用をうけるためには①故意、過失の存在、②法律上保護された利益であること、③侵害行為の存在、④損害の発生、⑤相当因果関係があること、が必要となります。基本的に①~⑤まで被害者が主張立証すべきことになりますが、このうち⑤相当因果関係の立証の程度は100%の証明を必要とするのではなく、通常の人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるくらいの「高度の蓋然性」を必要とします(蓋然性)。風評被害の場合、③④⑤の立証と不法行為者の特定が特に重要になると考えられます。しかし、③数ある原因と考えられる行為の中から侵害行為を割り出し、④実際に風評によって具体的に企業にいくらの損失が発生したのかを正確に把握して特定し、⑤侵害行為と損失との間の因果関係を一つ一つ検証していくのは相当な労力が必要となります。
3.実際の事案
・(最高裁平成15年10月16日)
テレビ番組のダイオキシン報道が原因で野菜が暴落したとして、埼玉県所沢市の農家が当該テレビ局に損害賠償を求めて集団提訴しました。地裁と高裁は④損害と③不法行為性がないこと、⑤報道と損害の間に相当因果関係がないことを理由に原告の請求を退けました。しかし、最高裁は「報道番組の内容が人の社会的評価を低下させるか否かは、一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準と」し「報道番組によって摘示された事実がどのようなものであるかについては、…情報の内容並びに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮して判断すべき」として不法行為性の基準を示したうえ、事実関係がこの基準にあてはまるかの確認のため事実関係を把握させるため、また相当因果関係の反証が不十分であるとして差し戻しています。(その後和解)
・(東京高裁平成15年5月21日)
こちらは国家賠償法の事例ですが(国家賠償法は̪̪̪̪「公権力の行使」「職務を行うについて」の要件が追加されます)、大阪府堺市内の市立小学校内でO-157の集団食中毒事件が起きたことで、国が「カイワレ大根が原因である可能性が否定できない」と調査の中間発表を公表したことで、カイワレ大根の売り上げが激減し、生産者らが国に対して損害賠償請求訴訟を提起しました。この事例では国の公表の適法性が争点となりました(不法行為上の③侵害行為性の争点)が、高裁は公表による結果が容易に予想できたにも関わらず公表した点に注意義務違反があるとして、公表の違法性を認め(③侵害行為性を認め)、原告の賠償請求を認容しました。
この事案は被告が国であるという特殊性もあり、原告の請求が認容されましたが、認容額が原告一人当たり100万円以下と少額であったことも注目されます。
・(横浜地判平成18年7月27日)
神奈川県藤沢市において、被告の工場からダイオキシン類を含む排水が河川に排出され続け、同事実がテレビ報道されたことで、同河川の河口付近で漁業を営む原告らが観光地引網の予約キャンセル、シラスの販売減少したなどの風評被害による営業被害を被ったとして、被告会社に損害賠償をした事例があります。地裁は原告らの請求を認容しましたが、原告4人合わせて5615万円の請求額に対し、認容額は10分の1に相当する565万円余りにとどまっています。
・(東京地判平成18年4月19日)
茨城県東海村にある核燃料加工施設(被告)が原子力臨界事故を起こし、事故現場から9キロメートル離れた場所に敷地を有する納豆生産業者(原告)が、屋内退避要請地域内に存在することから、取引先から納豆製品の取引を停止され、売上が大幅に減少したとして被告に対し、不法行為及び原子力損害賠償法に基づき約16億円の損害賠償を請求した事案(この事案では原告と被告が判決言い渡し前に仮払契約を締結しており、被告は原告に対し仮払金の反訴を提起しています。)。(原子力損害賠償法は原子力事業者の無過失責任を規定しています。)東京地判は、請求額のうち損害と因果関係を有するのは1億7461万円余であると認定し、慰謝料を500万円と認定しました。判決は、原告の請求棄却。仮払金2億1300万円との差額3112万円を原告から被告に返還せよという内容です。
4.コメント
風評被害に関する事例をいくつか紹介してきましたが、不法行為の要件①~⑤の立証のハードルが高いことに加えて、すべての事例において請求額全部が認容されるということはなく、認容されたとしても請求額の半分から10分の1程度の額に収まっているのがわかりました。これらの認定額が高いといえるのか低いといえるのかの判断は読者の方々にお任せしますが、例えば請求額の半分が損害として認定された(東京地判平成18年4月19日)の事案は原子力損害賠償法という特別法により原子力事業者の無過失責任が適用され、民法の不法行為よりも実質的に原告が立証すべきハードルが下がっているということも考慮しなければいけません。また、風評被害の不法行為は、判例の積み重ねが薄い分野であると感じました。これは立証の困難さなどもあり、積極的に提訴している例が多くないからであると考えられます。よって、和解や企業側が科学的根拠に基づく公式発表をして風評を否定する等、その他の手段が重要であると感じます。また、業界全体にまたがるような風評被害の場合は、被害が拡大しないためにも、業界全体で被害状況や対策案等の情報を共有して協力体制を敷き、早期に事態を把握する必要があると思います。
関連サイト
企業における信用棄損と風評被害
最高裁平成15年10月16日の判決文
レックスDB速報重要判例解説(東京高判平成15年5月21日)
原子力事故と風評被害の判例(東京地判平成18年4月19日)
横浜地判平成18年7月27日の判決文
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