2億2000万円流出容疑で日大理事を逮捕、背任罪とは
2021/10/08 コンプライアンス, 会社法, 刑事法
はじめに
日大医学部付属板橋病院(板橋区)の建て替え工事の設計契約を巡り、東京地検特捜部は7日、日大に2億2000万円の損害を与えた容疑で同大理事の井ノ口忠男容疑者(64)と大阪市の医療法人前理事籔本雅巳容疑者(61)を逮捕していたことがわかりました。井ノ口容疑者は2500万円を受け取っていた疑いも浮上しております。今回は背任罪についてみていきます。
事件の概要
報道などによりますと、日大理事で同大事業部取締役の井ノ口容疑者は同大医学部付属板橋病院の建て替えを巡り、業者選定のためのプロポーザルで都内の設計会社が1位になるよう評価点を改ざんし、同設計会社を選定させた上で着手金約7億3000万円を同大から支払わせたとされます。そのうち2億2000万円を知人の籔本容疑者が全株式を保有するコンサルタント会社(港区)に送金させ、複数の会社を経由して自身に2500万円送金させた容疑が持たれております。東京地検特捜部は両者を背任およびその共犯の容疑で逮捕しました。なお特捜部は同大田中英寿理事長(74)宅も家宅捜索をしております。
背任罪とは
刑法247条によりますと、「他人のためにその事務を処理する者が、自己もしくは第三者の利益を図りまたは本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、5年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する」としております。背任罪はその本質や成立要件に多くの学説が対立しており、適用事例も少なく馴染みが薄い犯罪と言えます。年間の刑法犯の認知件数のうち0.01%にも満たないほどめずらしい犯罪です。以下成立要件を具体的に見ていきます。
背任罪の成立要件
背任罪が成立するための要件は、(1)他人のための事務処理者、(2)図利加害目的、(3)任務違背行為、(4)財産上の損害発生とされております。他人のための事務処理者とは、本人から事務処理を委託された者で本人と信任関係にある場合を言います。委任や雇用契約が典型例ですが、発生原因は問われません。図利加害目的とは、自己または第三者の利益を図る目的または本人に損害を生じさせる目的を言います。通常の事務処理でも本人(会社)に損害が生じ得る場合もあり、本罪で処罰すべきものかどうかを区別するための要件と言われております。任務違背行為とは、事務処理者として信義則上行うべき行為を行なわないことを言います。そしてそれらにより本人に財産上の損害が発生すれば成立することとなります。
会社法の特別背任
一定の身分を有する者は、会社法の特別背任の規定が適用されます。会社法960条1項によりますと、発起人、設立時取締役、設立時監査役、取締役、会計参与、監査役、執行役、仮処分により職務代行者、一時役員、支配人、使用人、清算人等が会社の任務に反して背任行為を行った場合は特別背任として10年以下の懲役、1000万円以下の罰金またはこれらの併科となっております。通常の背任罪に比べ法定刑は相当加重されており、会社役員等はそれだけ強い信任関係に置かれていると言えます。
コメント
本件で日大の理事である井ノ口容疑者は附属病院の建て替え費のうち2億2000万円を知人の会社に流出させ、そのうち2500万円を自己に還流させた疑いがもたれております。これらが事実であった場合、井ノ口容疑者は日大の事務処理者であり、自己または知人の利益を図る目的も認められ、日大に損害も生じていることから背任罪が成立する可能性が高いと言えます。また理事長である田中氏の指示や関与があった場合は同氏も共犯となる可能性がある考えられます。以上のように理事や取締役など、法人との信任関係の下に事務処理を行う者は重い責任が課されております。特に規模の小さい同族会社や一定の関係者が経営を支配している法人でこのような事態が生じやすいと言えます。今一度自社のガバナンスやコンプライアンス体制を見直しておくことが重要と言えるでしょう。
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