厚生労働省、監督指導による賃金不払残業の是正結果(令和3年度)を発表
2022/09/21 労務法務, 労働法全般
はじめに
厚生労働省は、この度、労働基準監督署の監督指導により、令和3年度(令和3年4月から令和4年3月まで)に支払われた不払割増賃金(支払額が1企業で合計100万円以上となった事案)に関し、取りまとめ公表しています。
対象労働者数は6万4968人,支払われた割増賃金合計額は約65億円,支払われた割増賃金の平均額は,1企業当たり609万円,労働者一人当たり10万円となります。
不払の原因と解消への取り組み
厚生労働省による監督指導の対象となった企業においては、監督指導後、「賃金不払残業」の解消のための様々な取り組みが行われており、今回、そうした取組事例も公表されています。
(1)使用者側が労働時間を正確に把握できていなかった事例
こちらの事例では、出勤簿により労働時間管理を行っていましたが、出勤簿に押印をするのみで、労働時間が正確に把握されていませんでした。また、使用者の指揮命令下で行われていた部活動等の業務を“ボランティア”であるとして、労働時間に含めていませんでした。会社として、固定残業代制度を設けていましたが、労働時間を正確に把握できていない以上、実際支払うべき割増賃金に対して不足している可能性があるとして、監督指導の対象となりました。
【解消への取り組み】
①出勤簿による管理の取りやめと勤怠管理システムの導入
②使用者の指揮命令下で行われる業務を労働時間として適正に扱う運用へ変更
③管理者から労働者に対し、労働時間監理が適正でなかった旨の説明。加えて、労使一丸となり適正な労働時間の管理を行う重要性について認識共有。
(2)労働時間の実態調査を実施していなかった事例
こちらの事例では、会社は勤怠システムと残業申請書により労働時間と残業時間を把握していましたが、働いていないはずの時間にパソコンの使用記録が残っていたり、勤怠システム上の退勤時刻の記録と施設警備システムに記録された時間に乖離が認められている状況でした。後の実態調査で、残業時間を長く申告してしまうと、個人の人事評価に影響があると考え,労働者が残業時間を過少に申告していたことがわかりました。
【解消への取り組み】
①適正な労働時間管理に関することを人事評価の項目として新設
②専属で勤怠管理を行う者を配置し、勤怠記録に乖離がないか逐一確認出来る体制を整備
(3)適正な労働時間の記録が阻害されていた事例
こちらの事例では、勤怠システムはあったものの,勤怠システム上の退勤記録と施設の警備記録との間に大きな乖離が確認され、労働者による労働時間の過少申告や管理者による勤怠システムデータの改ざん等が疑われていました。また、実態調査の中で、割増賃金を支払うための十分な予算措置が講じられていなかったことも判明しました。
【解消への取り組み】
①労基署職員を講師に迎え、各施設の管理者を対象に「労働時間の適正な管理に関する研修会」を実施
②怠記録と業務で使用するパソコン等の記録等を確認することにより適正な労働時間が記録されているかを確認
③予算を理由として割増賃金が適正に支払われないことがないよう予算管理の部署と連携し、必要な予算措置を講じる
(4)労働時間記録と労働実態に乖離があった事例
こちらの事例では、「残業代が適切に支払われない」との情報をもとに労働基準監督署が調査を行った結果、勤怠システムで記録されている始業時間前や終業時間後に、パソコンの使用記録が残されている状況でした。
【解消への取り組み】
①適正な労働時間の記録についての社内教育を徹底
②必要な残業が発生する場合の事前申告の徹底
③管理者が月に2回パソコンの使用記録と勤怠記録の確認を行い、乖離がある場合には労働者に乖離理由を確認する
④残業申請がない場合、終業から一定時間経過後に業務用パソコンが強制的にシャットダウンされるシステムを導入
不払による使用者側の責任
使用者は所定の労働時間外で労働者を働かせた場合,時間外割増賃金を支払わなければなりません。 時間外割増賃金等については所定の割合を上乗せした賃金を支払う必要があります。時間外労働(月60時間以下):25%以上,時間外労働(月60時間超。なお,一部の中小事業主は除きます。):50%以上,休日労働:35%以上,深夜労働:25%以上となります。時間外割増賃金の計算について、1日あたりについては原則分単位で計算する必要があります。
使用者は,残業代の不払をした場合,法定刑として,6月以下の懲役又は30万円以下の罰金が定められています(労基法119条)。また,労働基準監督官には労基法101条,102条より,警察と似たような権限を与えられており,使用者を捜査・送検することができます。
コメント
労働時間の正確な把握を前提とせず、割増賃金等の算定を一律またはアバウトに行っている企業も少なくないと思います。しかし,勤怠システム等で労働時間の記録がなされていないケースはもちろんのこと、勤怠システム等に労働時間を記録させていたケースであっても、勤怠システム上の記録と実際の労働時間との間に乖離があれば、「賃金不払残業」とみなされ、監督指導の対象となってしまいます。
その意味で、労働時間を便宜上記録するだけでは不十分で,記録が実態に沿った正確なものとなる運用およびシステムの導入も必要となります。自社における労務紛争リスクの見積もりという観点から、改めて、自社の労働時間管理・把握の実態に改めて目を向けてみるのもよいかもしれません。
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