大阪地裁が85%と認定、障害者の逸失利益算定について
2023/03/01 訴訟対応, 民事訴訟法
はじめに
聴覚障害のある女の子が事故で死亡し、両親らが損害賠償を求めていた訴訟で大阪地裁が運転手らに合わせて約3800万円の賠償を命じていたことがわかりました。逸失利益は全労働者の平均賃金の85%とのことです。今回は損害賠償で争点となる障害者の逸失利益の算定について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、2018年、大阪市生野区で聴覚支援学校小学部5年の井出安優香さん(当時11歳)が下校中に歩道に突っ込んできたショベルカーにはねられ死亡したとされます。安優香さんの両親はショベルカーの運転手や当時の勤務先を相手取り約6100万円の損害賠償を求め大阪地裁に提訴していたとのことです。安優香さんは生まれつき難聴の聴覚障害3級であったものの将来の就職や進学の可能性が高いとして逸失利益は全労働者の平均から算定すべきと主張されました。これに対し被告側は聴覚障害者の平均年収をもとに算定すべきとし、健常者の6割にとどまると反論していたとされます。
損害賠償額の算定
交通事故などの不法行為が生じた場合、その損害はまず人的損害と物的損害に分けられます。人的損害は入院・治療費や葬祭費などの積極損害と、休業損害、逸失利益などの消極損害に分けられます。また慰謝料といった精神的損害も含まれます。物的損害は修理費や代車を手配した際の使用料などが含まれます。これら具体的にどのような損害が発生したかを特定し、被害者側の過失やその事故によって得られた利益などを相殺(過失相殺、損益相殺)を行い、保険会社などからすでに支払われている分がある場合はそれらを控除し、最後に遅延損害金を加えた額が最終的な賠償額となります。不法行為の遅延損害金は不法行為発生時から発生し、法定利率は現在3%となっております(民法404条2項)。なお弁護士費用もこれらに加算される場合もあります。
逸失利益とは
逸失利益とは、不法行為などがなければ本来得られていたはずの利益を言います。たとえば事故によって死亡したり後遺障害が発生したことによって仕事ができなくなり、得られなくなった収入分を指します。逸失利益の具体的な算定方法は、1年あたりの基礎収入と労働能力喪失率、ライプニッツ係数を乗じると言われております。1年あたりの基礎収入は給与所得者などはわかりやすいですが、家事従事者や幼児などの未就労者は算定が困難となります。そこでこれらの場合は賃金センサスによることとなります。賃金センサスとは、毎年政府が行っている「賃金構造基本統計調査」に基づく資料で、これによって性別や年齢、学歴などに分けて平均収入が割り出せます。そしてライプニッツ係数とは、将来得られたはずの利益を現在の価値に算定するための係数とされ逸失利益の算定に広く利用されております。
障害者の逸失利益
それでは障害者の逸失利益の算定はどのようになるのでしょうか。一口に障害者と言っても、その障害の度合いは様々で、ほぼ健常者と変わらず業務が可能な場合もあれば、通常の作業は困難な場合もあります。そこで賃金センサスからどの程度の割合まで逸失利益として算定すべきかがたびたび争点となります。この点に関する裁判例として、等級2級の聴覚障害者が被害者となった事例で、障害者雇用実態調査によれば聴覚・言語障害者の平均年収は全労働者の約76%に留まるとする推計結果があったものの、被害者の大学での優秀な成績などから優良企業のエンジニアとして就職していた可能性は高かったとし、賃金センサスの90%としたものが挙げられます(名古屋地裁令和3年1月13日)。また全盲であった場合でも、盲学校での成績や能力向上への積極性などを評価し、賃金センサスの8割を認定した例も挙げられます(広島高裁令和3年9月10日)。
コメント
本件で原告側は全労働者の平均賃金の100%で算出すべきとし、被告側は6割を基準に算出すべきとしておりました。これに対して大阪地裁は、将来様々な就労可能性があったとしつつも、聴力障害は労働力に影響がないものとは言えないとして85%と認定しました。聴覚障害者の進学率の向上や音声認識アプリの普及により将来の平均年収の増加も予想されることも考慮されたとされます。以上のように障害者の逸失利益の算定は障害の程度やその人の能力、実績、将来の展望など様々な要素を加味して判断されます。従来は特に重度の障害者の場合、極めて低廉または賠償額が0と算定されることもありましたが、地域作業所での平均年収7万円を基準とした地裁判決に対し、人間1人の価値をはかるには余りにも低い水準となり適切ではないとした例もあります(東京高裁平成6年11月29日)。今後もこのような裁判所の判断の変遷を注視しつつ、損害の算定方法について見直しておくことが重要と言えるでしょう。
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