兵庫県知事のパワハラ告発問題、公益通報者への対応について
2024/09/18 コンプライアンス, 危機管理, 行政対応, 公益通報者保護法
はじめに
兵庫県の齋藤元彦知事がパワハラの疑いなどで告発された問題をめぐって、自民党などが知事に辞職を求めています。
特に問題視されているのが、パワハラを文書で告発した男性職員を、県が公益通報の保護対象とせず、停職3か月の懲戒処分としたことです。この対応については、県議会の百条委員会に出席した専門家からも「公益通報者保護法に違反している」などと指摘を受けています。
告発文書を誹謗中傷性の高い文書と判断
今回、知事が百条委員会で証人尋問を受けるに至った経緯は以下のとおりです。
前県西播磨県民局長の男性職員(以下、「男性職員」)は今年3月中旬、一部の報道機関などに対し、齋藤知事に関する7つの疑惑を記載した告発文書を送付しました。さらに翌4月には告発文書と同内容の通報を県の公益通報制度を利用して行っています。
しかし、県は男性職員による告発を“公益通報”として扱いませんでした。知事は、告発文書を把握した直後から、当時の副知事らに調査を指示し告発者の特定を開始しました。調査の過程で、男性職員の公用パソコンから告発文と一致する文書データが発見されたことから、前副知事は男性職員の聴取を実施。文書作成の有無などを確認したということです。この聴取後、県は男性職員を県民局長から解任しています。さらに、5月には県は「(文書は)核心的な部分が事実ではない」として、男性職員を停職3か月の懲戒処分としました。
男性職員はこの懲戒処分を受けた後、7月に死亡。報道などによると、自ら命を絶ったとみられています。
この告発文書への対応をめぐり、県議会は百条委員会を設置。専門家はこの委員会の場で、「県が男性職員を公益通報の対象にしなかったことは法律違反」と指摘しました。
知事はこの指摘に対して「対応は問題なかった」と反論。文書は誹謗中傷性の高い文書だと判断されたため、作成者を特定し、聴取するのは問題ないと主張しました。
公益通報者保護法が保護する「公益通報」とは
公益通報者保護法は、労働者等が公益のために通報を行ったことで解雇処分を受けるといった不利益な取扱いを受けることのないよう、「どこへどのような内容の通報を行えば保護されるのか」、制度的なルールを明確にするものです。
同法の保護の対象となる『公益通報』とは、(1)労働者等が、(2)役務提供先の不正行為を、(3)不正の目的でなく、(4)一定の通報先に通報することをいいます。
■公益通報の“通報者”
公益通報の“通報者”となりえるのは、労働者等です。具体的には、以下が挙げられます。
・労働者(正社員、派遣労働者、アルバイト、パートタイマー、公務員など)
・退職者(退職や派遣労働終了から1年以内の者に限る)
・役員(取締役、監査役など法人の経営に従事する者)
■公益通報の内容
公益通報として法律で保護されるためには、通報内容が、「役務提供先(自身の職場等)で一定の法令違反行為が生じる、またはまさに生じようとしている」旨の内容である必要があります。
ここでいう“一定の法令違反行為”とは、刑法や労働法・独占禁止法をはじめ、「国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律」として、公益通報者保護法や政令で定められた法律に違反する犯罪行為、過料対象行為、最終的に刑罰若しくは過料につながる行為などを指します。
※公益通報ハンドブック(改正準拠版)のp.7より引用
■公益通報の通報先
公益通報の通報先は以下のいずれかです。通報先に応じて、公益通報者保護法で保護を受けるための要件が異なるため、注意が必要です。
・事業者内部(役務提供先等)
・権限を有する行政機関
・その他の事業者外部(報道機関、消費者団体、労働組合、周辺住民など)
※その者への通報が、被害の発生・拡大の予防に必要な場合に限る
■公益通報の目的
通報が、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的で行われた場合には、公益通報者保護法が保護する“公益通報”にはならないため、注意が必要です。
また、公益通報者保護法第10条では、通報者に対し、通報の際に、他人の正当な利益や公共の利益を害することがないよう注意する努力義務が課されています。
通報に必要な範囲を超えて、第三者の個人情報や営業秘密、国の安全に関わる情報などを併せて通報しないよう注意する必要があります。
なお、公益通報者保護法の保護の対象とならない通報であっても、労働契約法などの他の法令等で保護される場合があるため、告発を受けた事業者は安易な対応をとることは避けるべきとされています。
通報を受けた事業者の対応
前提として、公益通報者保護法上、常時使用する労働者数が300人を超える事業者は、公益通報に係る通報対象事実を調査し、是正に必要な措置をとる業務に従事する者、いわゆる「公益通報対応業務従事者」を選任しなければなりません(公益通報者保護法11条1項)。
また、事業者内部の公益通報に適切に対応する体制を整備する義務も課されています。
※労働者数300人以下の会社では、公益通報対応業務従事者の選任は努力義務
そのうえで、事業者は、公益通報の要件を満たす通報を受けた際には、通報者を保護しなければなりません。
具体的には、公益通報をしたことを理由に事業者が行う解雇は無効となります。
※役員が通報したケースでの解任は無効とならないものの、解任について損害賠償を請求することが可能です。
また、解雇や解任だけでなく、降格や減給、退職強要、訓告等の処分、専ら雑務に従事させるなど、公益通報を理由に“不利益な取扱い”をすることも禁止されています。
さらに、派遣労働者が公益通報を行ったケースで、派遣先が派遣契約を解除したり、派遣元に対し派遣労働者の交代を求めたりなどの対応も禁止されています。
コメント
知事らが告発文書を誹謗中傷性の高い文書だと断じ、男性職員が行った通報を、公益通報者保護法で保護される公益通報には該当しないと判断したことについて、「早計だった」とする声が百条委員会などでもあがりました。
公益通報の保護要件を満たすか否かを争う訴訟が少なくないことからもわかるように、これらの判断はとてもデリケートで解釈が難しいものです。
それだけに、本来、相当の期間と膨大な証拠の照らし合わせにより慎重に判断されるべきものといえます。
本件に関し、自民党なども知事に辞職を迫っていますが、知事の進退問題で終わらせず、県として、適切な公益通報者保護の体制が築かれていたのかを改めて精査する必要があります。
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