賃貸物件で民泊事業(住宅宿泊事業)を行う場合の留意点と営業差止めのリスク
2020/08/11 住宅・不動産
2018年に施行された民泊新法(住宅宿泊事業法)に基づく民泊は、市場規模も大きく、新型コロナ感染症の流行で停滞している経済の巻き返しとともに、今後新たな宿泊の選択肢の一つとして発展していくことが予想されます。その一方で、規制対応や法的整理(ガイドライン含む)について十分な検討がなされているとは言いがたい分野であるうえ、地域毎に条例による規制内容が異なるほか運用も一律でないことなどから、対応に苦慮する点も多いと想像されます。
本稿においては、賃貸物件で民泊事業(住宅宿泊事業)を行う場合の留意点、民泊の営業差止めのリスク(実例)について解説します。
なお、以下、特段の指定のない限り、住宅宿泊事業法を「法」、同施行規則を「規則」、同施行令を「令」などということがあります。
詳細については、牛島総合法律事務所ニューズレター・猿倉健司『賃貸物件で民泊事業(住宅宿泊事業)を行う場合の留意点と営業差止めのリスク』をご参照ください。
1.賃貸住宅を利用した民泊営業の法的問題点
(1)賃貸借契約における無断転貸に関する規定
(2)賃貸住宅を利用した民泊(住宅宿泊事業・特区民泊)を行う場合の法的問題点
2.民泊事業に対する利用差止め・明渡し請求の実務対応
(1)民泊事業の差止め事例
(2)シェアハウス事業の差止め事例
(3)賃貸借契約に反して(または違法に)民泊が行われている物件の明渡請求
1.賃貸住宅を利用した民泊営業の法的問題点
(1)賃貸借契約における無断転貸に関する規定
賃貸物件において賃借人や転借人が民泊事業を行う場合、宿泊利用者に当該物件を使用させることが、当該物件の賃貸人との間の賃貸借契約(転貸借契約)に違反するのではないかという問題があります。
実務上、賃貸借契約書には賃借人による転貸禁止条項を定めているのが一般的であり、たとえば、国土交通省が公表している賃貸住宅標準契約書を踏まえて、「書面による承諾を得ることなく、本物件の全部又は一部につき、賃借権を譲渡し、又は転貸してはならない」などとする規定が見られます。
また、民法612条の規定により、賃借人による賃借権の無断譲渡及び無断転貸は禁止されています。
(2)賃貸住宅を利用した民泊(住宅宿泊事業・特区民泊)を行う場合の法的問題点
国家戦略特別区域法上の特区民泊は、事業者と宿泊利用者との間で「賃貸借契約及びこれに付随する契約」(国家戦略特別区域法13条1項)が締結されることが予定されており、「事業予定者は貸主及び転貸人の転貸の承諾を得る必要があります」との説明がなされています1。
また、住宅宿泊事業(民泊新法)による民泊の場合も同様に(特に、家主不在型民泊の場合)、事業者が宿泊利用者との間で締結する契約は賃貸借契約と同様の実態があるともいえることから、賃借人(住宅宿泊事業者)が宿泊利用者に賃貸物件を使用させることは転貸(またはこれに準ずるもの)にあたると考えられるように思われます。住宅宿泊事業を行おうとする者が届出を行う際にも、添付書類として、「賃貸人が住宅宿泊事業の用に供することを目的とした賃借物の転貸を承諾している旨」を記載した書類の提出が求められています(法3条3項、規則4条4項1号リ・ヌ)。
このような考え方によれば、賃貸住宅を利用した民泊については、民泊事業について賃貸人の承諾を得ていない場合は、無断転貸と評価される可能性があると考えられます。
いずれにしても、実務上、賃貸借契約書には賃貸物件の使用目的を定める条項が規定されているのが一般的です(たとえば、国土交通省が公表している賃貸住宅標準契約書を踏まえて、「居住のみを目的として本物件を使用しなければならない」などとする規定が見られます)。そのため、賃貸物件で民泊事業を行うことは、「居住のみ」を目的とする使用方法ではないとして、転貸条項違反ないし用法遵守義務条項違反(民法594条1項、616条参照)となり、賃貸借契約の解除事由となると主張され争いとなる可能性があることになります2。
2.民泊事業に対する利用差止め・明渡し請求の実務対応
賃貸物件で賃借人が民泊事業を行っているケースで、民泊事業に対する差止請求、賃貸物件の明け渡し請求がなされることが考えられます。
(1)民泊事業の差止め事例
① 大阪地裁平成29年1月13日判決
実際に、マンション管理規約に反する民泊事業が行われていたことを理由として、民泊事業の停止及び不法行為を理由とする損害賠償請求がなされた事案があります(大阪地判平成29年1月13日)。
判決においては、当該民泊経営が旅館業法の脱法的な営業にあたるおそれがあるほか、マンション管理規約における「区分所有者は、その専有部分を次の各号に掲げる用途(住戸部分は住宅もしくは事務所)に使用するものとし、他の用途に供してはならない」との条項、「住戸部分は住宅もしくは事務所として使用し、不特定多数の実質的な宿泊施設、会社寮等としての使用を禁じる」との条項のいずれにも違反すると判断されました。
もっとも、訴訟の被告である民泊事業者が当該区分所有建物をすでに売却していたことを理由に差止請求は認められませんでしたが、その一方で、不法行為責任を理由とする損害賠償請求(50万円)は認められました。
② 東京地裁平成30年8月判決、同年9月判決
その他にも、東京都のマンションで管理規約を改正して民泊を禁止した後も区分所有者が民泊行為を続けているとして、民泊の営業差止めと弁護士費用(約97万円)の支払いが命じられた事案があります(東京地判平成30年8月9日)。
判決においては、「その専有部分を専ら住宅あるいは事務所として使用するものとし、他の用途(不特定の者を対象としてその専有部分を宿泊や滞在の用に供することを含む。)に供してはならない」等の管理組合規約に違反し、今後も民泊行為を続ける可能性があると判断され、請求が認容されました。
また、平成30年9月にも同様に、東京都のマンションで、民泊の営業差止めと弁護士費用(約75万円)の支払いを命じられたことが報道されています3。
(2)シェアハウス事業の差止め事例
その他、いわゆるシェアハウスの運営が、「区分所有者は、その専有部分を専ら住宅として使用するものとし他の用途に供してはならない。」と定めるマンション管理規約に違反するとして、設置された間仕切りの撤去等が認められた事案(東京地判平成27年9月18日)も見受けられます。
(3)賃貸借契約に反して(または違法に)民泊が行われている物件の明渡請求
賃借人が賃貸借契約に違反して賃貸物件で民泊営業を行っているような場合には、賃貸人としては、賃貸借契約を解除したうえで、賃借人(民泊業者)に対する賃貸物件の明渡し判決を得ることが考えられます。
しかし、それだけでは直ちに宿泊利用客に対して明け渡しの強制執行を行うことはできません。つまり、宿泊利用者は賃貸物件の賃借人ではないことから、賃借人(民泊業者)に対する賃借物件の明渡し判決の効力はただちに民泊の利用者には及ばず、別途、宿泊利用者に対する明け渡しを命ずる判決を得ることが必要となります。
しかし、民泊の実態からすれば、賃貸物件を占有して利用している宿泊利用者は頻繁に変わるうえ、当該宿泊利用者がどこの誰かという特定も困難であるという事情があります。そこで、賃貸人としては、賃貸物件の明渡し請求訴訟を提起するのに先立ち、「債務者不特定の占有移転禁止の仮処分」(民事保全法25条の2)を申し立てる方法が指摘されています。これにより、宿泊利用者に対する明け渡しを命ずる判決を得ることによって対応することが考えられます4。
1 内閣府地方創成推進事務局平成28年11月11日付け通知『特区民泊の円滑な普及に向けたマンション管理組合等への情報提供について』(国住マ第39号・国住賃第22号)《https://www.mlit.go.jp/common/001152253.pdf》
2 猿倉健司「住宅宿泊事業法(民泊新法)のポイントと民泊運営の実務対応『賃貸物件・区分所有マンションを利用した民泊事業の実務対応(条項例)』」(月報司法書士(2018年12 月号)・日本司法書士連合会)(46頁)
3 平成30年9月5日付け日本経済新聞電子版《https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35007800V00C18A9CC1000/》、同日付け毎日新聞電子版
4 猿倉健司「住宅宿泊事業法(民泊新法)のポイントと民泊運営の実務対応『住宅宿泊管理業/仲介業に対する規制、民泊事業者の民事責任と実務対応』」(月報司法書士(2018年11月号)・日本司法書士連合会)(48頁)
本校は、2020年6月時点までに入手した情報に基づいて執筆したものであり、また具体的な案件についての法的助言を行うものではないことに留意してください。また、意見にわたる部分は、執筆担当者ら個人の見解を示すにとどまり、当事務所の見解ではありません。
猿倉 健司弁護士
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