司法取引まとめ
2018/11/08 危機管理, 刑事法
1、はじめに
2018年6月に日本でも司法取引制度が開始されました。日本の司法取引は欧米諸国のそれとは異なりますが、犯罪捜査に影響を与えていることに変わりはないといえるでしょう。この記事では、司法取引の概要、メリット・デメリット、具体的な手続きの流れを説明していきます。
2、司法取引とは
司法取引制度とは、特定の財政経済・薬物銃器犯罪において、被疑者や被告人が裁判の中で共犯者の供述や証拠の提出といった協力をする代わりに、検察官から不起訴、刑事責任の減免を保証してもらう制度のことです。
司法取引は、「特定犯罪に係る他人の刑事事件」に関連性のある自己の刑事事件について行われます(刑事訴訟法等の一部を改正する法350条の2第1項)。この「司法取引」制度がアメリカの「司法取引」制度と異なっているのは、①特定の犯罪に限定していること、②人の刑事事件と関連性があること、③協議・合意の過程に弁護人の立会いが義務化されていることといえます。
3、司法取引のメリット・デメリット
【メリット】
(1)裁判所費用の節約
司法取引を導入することで、『裁判費用の節約』または『捜査費用の節約』が期待されています。暴力団などの組織的犯罪や、企業ぐるみの経済犯罪などは、大量の捜査員を投入します。当然のことながら、時間や莫大な費用がかかります。
(2)重犯罪への対応が可能
司法取引が導入されることで、これまでの組織犯罪や経済犯罪における捜査員の縮小や人件費の削減が、事実上可能になります。
つまり、その分人員配置や人件費を凶悪な重犯罪(殺人、強盗、強姦など)の対応に当てることもできるのです。もっとも、今回の司法取引制度では、殺人や性犯罪は対象外としているため、当該メリットは乏しいかもしれません。
(3)事件の迅速な処理
今回の司法取引では、事件の有力な供述を得られる可能性があり、その分事件処理の効率が高まると予想されています。そうなれば、捜査費用や裁判費用の削減のみならず、時間を効率的に使えます。
(4)企業犯罪の軽減
企業犯罪においても、財政経済関係犯罪として適用されるため、その社員から刑事処分の軽減と引き換えに、有力な供述を聞くことができます。つまり、企業全体の組織的な刑事責任を追及しうるのです。
【デメリット】
(1)黙秘権の侵害
刑事事件の捜査において、取調べに対して沈黙し陳述を拒むことができる権利を、黙秘権(もくひけん)といいます。
黙秘権は、警察の取調べの際などに、被疑者の不利益になるような情報を強要してはならないという、憲法および刑事訴訟法で認められている権利です。しかし、司法取引制度によって検察側が被疑者に減刑という特典をちらつかせることで黙秘権の侵害に繋がる可能性があるという指摘があります。また、被疑者が減刑欲しさから虚偽の情報を申告する可能性もあるという指摘もあります。
(2)客観的証拠がおろそかになる
司法取引制度が多用された場合、検察官が取引の結果引き出された供述証拠に偏重してしまう可能性があります。
供述調書は供述者の主観に左右されるため、客観証拠に比べて事実認定の根拠とするには危うい側面があります。仮に司法取引制度を実施した結果、上記のような供述調書への偏重が生じれば、刑事裁判手続きの事実認定の確度が低下し、国民の刑事裁判に対する信頼が失われるおそれすらあります。
4、司法取引の流れ
(1)協議(司法取引)の開始
司法取引の主体は検察官と被疑者、そして弁護人です(法350条の4)。どちらか一方が当事者からの協議を申し入れ、相手方が承諾することで司法取引の開始となります。
(2)弁護人の同意
協議は、原則被疑者・被告人、検察官、弁護人の間で行われます。
なお被疑者が司法取引に関する合意を取り付けるためには、弁護人の同意が必要です(法350条の3第1項)。
(3)検察官との合意
司法取引では検察官との合意も必要になります。関係する被疑者・被告人、弁護人、検察官が全員署名のもとで合意内容書面が作成されます。その上で合意が成立するというわけです。
(4)合意からの離脱
一方が合意に違反した場合には、相手方は『合意からの離脱』が可能です(法350条の10第1項1号)。例えば、真実の供述を行う旨の合意が成立したにもかかわらず、被疑者等が供述や『他人』の公判での証言を拒んだ場合や、不起訴とする合意をしたのに、検察官が起訴をした場合などが考えられます。
検察官としては通常の刑事処分を行い、被疑者側としては『他人』の刑事事件の捜査・公判に協力する必要はなくなります。
5、法務担当者の対応
司法取引制度が想定している典型例は、企業犯罪に加担している従業員が上位者である役員等の犯罪捜査に協力する場面です。企業は法人なので処罰されないのが原則です。もっとも、法人の代表者や従業者、または業務主たる人の代理人や使用人そのほかの従業者が違反行為をした場合に、直接の実行行為者のほかに事業主たる法人または人をも罰する旨の規定(両罰規定といいます)がある場合には、企業を「他人」として司法取引がなされる可能性があります。
そこで、企業が従業員に両罰規定の絡む業務を行わせる際には、嫌疑をかけられたときに自身の正当性を主張できる客観的証拠を残すよう努めるのがよいでしょう。
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