ゼロから始める企業法務(第14回)/ストックオプション
2021/11/14 商事法務, 戦略法務
皆様、こんにちは!堀切です。
これから企業法務を目指す皆様、念願かなって企業法務として新たな一歩を踏み出す皆様が、法務パーソンとして上々のスタートダッシュを切るための「ノウハウ」と「ツール」をお伝えできればと思っています。今回はストック・オプションについてお話いたします。
ストック・オプションは会社にとって強力なインセンティブ・プラン
企業法務に転身してかれこれ12年、複数のIT企業で法務として働く機会を得ましたが、上場、非上場に関わらず多くの会社で実施していたインセンティブ・プランがストック・オプションです。理由はとても明確かつ合理的で、役職員にとっては、事業の成長に応じたインセンティブを受け取ることができ、会社にとっては、キャッシュ・アウト無く、役職員の業績に対するモチベーションを向上させると共に、優秀な人材を確保・維持する効果があるからです。具体的には、ストック・オプションは会社や役職員にとって次のメリットがあります。
会社にとってのメリット
・キャッシュ・アウトが無い。
賞与等、金銭によるインセンティブであれば、会社のキャッシュが減少しますが、ストック・オプションは原則として権利行使後に市場で売却することでインセンティブを得ますので、発行する側である会社にキャッシュ・アウト※はありません。逆に権利行使の際は行使価格×株式数に応じた払込がなされますので、一定のキャッシュ・インがあります。
※ストック・オプションの設計や発行時に、一定のプロフェッショナル・フィーや登記費用は掛かります。
・中長期的な業績目標達成へのモチベーションを醸成できる。
多くのストック・オプションは、税制適格要件を満たすために、付与決議の日後2年を経過した日から、10年を経過する日までが権利行使期間になっているかと思います。会社としては、これに合わせて、「2年後の業績は・・、その頃の想定株価は・・、3年後は・・、5年後は・・」といった業績目標を設定することで、役職員に対して賞与等の目先のインセンティブではなく、中長期的な会社の成長に対するインセンティブを意識させ、ひいては中長期的な業績目標の達成に向けたモチベーションを醸成させることが可能になります。
・株主、投資家に対して株価や業績にコミットする姿勢をアピールできる。
多くのストック・オプションでは、行使価格やP/Lに計上する費用を下げることを目的に、一定の株価や業績目標を行使条件に織り込みます。この条件は、経営陣が一定の株価や業績目標の達成を目指していると読み替えることができ、ひいては株主、投資家に対して株価や業績にコミットする姿勢をアピールすることが可能となります。
役職員にとってのメリット
・原則として、損することが無い。
株式を代表とする金融商品は、購入/売却時の市場価格によって、利益/損失が発生します。一方、ストック・オプションは原則として無償※で付与され、権利行使期間でも株価が行使価格より低い場合は、行使をしなければ損が発生しません。デットではなくエクイティで、損することが無い金融商品は、ストック・オプション以外には見当たらないかと思います。
※有償ストック・オプションで行使をしなかった場合は、発行時に払い込む金額分の損が発生します。
・税務上のメリットがある。
例えば賞与等の金銭によるインセンティブに掛かる所得税の税率は、累進課税となり、また、社会保険料や翌年の住民税の対象にもなります。一方で税制適格ストック・オプションの場合、権利行使後の株式を市場で売却する際に掛かる所得税・住民税の税率は、売却益に対して一律20%となり、税務上のメリットがあります。
ストック・オプションの発行時における法務の役割
ストック・オプションは、会社法第二編第三章に規定する新株予約権の1つであり、新株予約権の発行時には、会社法の規定に基づき株主総会、取締役会決議等の手続を適法、適切に行う必要があるので、法務が法定期限を基に発行までのスケジュールを策定し、主体的に業務を進めます。また、ストック・オプションには法的な側面の他、会社の業績目標に対するインセンティブ・プランの側面、潜在株式や金融商品としての側面もあり、会計、税務、人事、経営企画、IR等の要素が複雑に絡み合うため、社内外のキーパーソンとの連携が必要不可欠となります。具体的には、ストック・オプションの設計段階から、社内では経理・財務と、社外では顧問弁護士、司法書士、公認会計士や価値算定コンサルタントと密に連携のうえ、法務が中心となって、設計、発行業務を進めます。また、インセンティブ・プランなので、人事との連携、資本政策や中長期の経営計画とも関係するので、経営企画との連携も必要になります。さらに、上場企業の場合は、適時開示の対象であり、有価証券報告書の記載事項でもあるので、IR担当者との連携も必要です。この様に、ストック・オプションの発行は会社全体のプロジェクトであり、法務はプロマネの役割を担うことになるかと思います。責任は重大ですが、会社の業績や役職員のモチベーションの向上に貢献できるので、やりがいのある業務です。
ストック・オプション発行後の管理について
無事ストック・オプションの発行決議がなされ、登記まで済めば、法務担当者としては一段落ですが、その後も権利行使期間が満了するか、株価条件や業績達成条件を下回り行使できなくなくなる時まで、ストック・オプションの管理が必要となります。特に大事なのは、ストック・オプション付与者が退職した時の対応です。私の経験では、ストック・オプションの要項の中に、「新株予約権者が新株予約権の行使の条件に定める規定(退任、退職、死亡で相続の対象とならなかったこと)により新株予約権の行使ができなくなった場合は、当社は新株予約権を無償で取得する」旨の規定があるかを、必ず確認することをお勧めします。この規定がないと、ストック・オプション付与者が退職した度に、会社法第287条に基づく新株予約権の消滅登記を行う必要があり、その都度登記費用が掛かるほか、そのうち履歴事項証明書が週刊誌並みの厚さとなってしまいます。一方で、会社が無償で取得する旨の規定があれば、退職者のストック・オプションは会社の「自己新株予約権」となるので、退職の度に変更登記をする必要はなく、エクセル等での管理のみで済み、費用と手間を抑えることができます。
いかがでしたでしょうか。皆様がこれから取り組む業務に少しでもお役に立てるヒントがあれば幸いです。
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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。
【筆者プロフィール】
私立市川中学校・高等学校、専修大学法学部法律学科卒業。
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