株式取得価格決定の注意点~近時判例から~
2016/07/12 商事法務, 会社法, その他
はじめに
平成28年7月1日、最高裁判所において、会社による全部取得条項付株式の取得価格の決定について、東京高等裁判所が1株約13万円とした判断を破棄し、1株12万3000円とする決定がなされました。
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そこで、本件では全部取得条項付株式の取得価格決定について見た上、取得に際して何を注意すべきか、を見ていきます。
全部取得条項付株式とは
(1)全部取得条項付株式とは、会社が、一定の事柄が生じたことを条件として、その株式を会社が取得することができることが定められている株式を言います(会社法108条6号)。
これは、本来会社再建のため、既存株主の保有株式をゼロにした上、新たな株主を募ることを、倒産に準じる手続によらずに迅速に行うニーズに答えるためのものですが、少数株主に金銭等を払って排除することにも使われるおそれのある株式です。
全部取得条項付株式の取得に際しては、株式の取得と引き換えに、金銭等を交付することが出来ます。
このときに支払う金銭等の額は、会社が決定した上、株主総会において決議をとる必要があり(会社法171条1項柱書)、総会決議がなされれば、その決議に基づいて、決定された価格で株式の取得が行なわれます。
(2)会社株主の中に決定された価格に不満がある場合、以下の要件を満たす株主は、取得価格を裁判所に決定してもらうよう申立をすることが出来ます(会社法172条1項)。
ア総会に先立って株式の取得に反対することを会社に通知し、かつ、株主総会でも取得に反対すること
イ実際に取得を行なう日の20日前から前日までに、裁判所に申立を行うこと。
この制度は、株式の取得に反対する株主の経済的な利益の保護を主眼として定められた制度です。
つまり、不当に安い価格で取得が行なわれそうになった場合、反対している株主が裁判所に申し立てれば、もっと高い(公正な)価格での取得を実現させることが出来る可能性がある、という制度になります。
申立を行った場合、裁判所は、上場している株式であれば基本的には市場価格を参考にした上、近時の株価の値動きの傾向や、専門家の意見などを考慮したうえ、価格を決定している事が多いです。
事案の概要
本件では、上記の全部取得条項付株式の価格決定について、株式を取得する会社と取得に反対する株主との間で株式の取得価格について争われたもので、その概要は以下の通りです。
(1)株式を取得したい会社は、大阪証券取引所のJASDAQスタンダードに上場していた会社ですが、A及びBという株主が、会社の株式の70%を直接又は間接的に保有していました。
(2)このA及びBの両者が会社株式を全部取得することを目的に公開買い付け(会社株式を市場を通じて買い集めることを告知して、株式を買うこと)を行なうこと、買い付けできなければ全部取得条項付株式となるよう会社の定款を変更した上、株式取得を行なうことを表明しました。このとき、一応会社は外部の法律事務所、証券会社などから、1株12万3000円での取得が妥当であるという意見は取っていました。
(3)会社の株主総会において、株式を全部取得条項付株式に変更し、株式を取得する旨の決議を行い、この決議に従って、1株12万3000円で株式を取得しました。
(4)上記の株式取得に反対していた他の株主らが、期間内に172条1項の価格決定の申立を行いました。
以上が、今回の事案の概要で、主に株主の取得価格を争っています。
取得に反対していた株主は、株式の取得に際しての価格である1株12万3000円に不満を持っていたものと考えられます。
本件の問題点と判旨
(1)本件では、会社の7割ほどの株式を有する多数株主AとBが、株式の全部取得を目的として全部取得条項付株式への変更、取得を行ったものです。そのため、安く取得したい会社、多数株主側と、出来るだけ高く買って欲しい反対株主間で利益の対立があるので、反対株主が取得価格に不満を持っていたこと、
特に、本件では取得を決定してから実際に取得を行なうまでの期間の各種株価指数がの上昇等から、市場全体の動向を考慮して、高くすべきではないかと考えたこと、という点が、申立の背景にあったものと考えられます。
実際、高等裁判所は株価指数が上昇していたことを理由に、12万3000円ではなく約13万円が妥当だと判断しています。
(2)しかし、最高裁は上記の判断を破棄し、当初の12万3000円が公正な価格であると判断しました。
理由として、以下のことを挙げています。
ア.会社が価格決定に際して独立した専門家(弁護士・証券会社など)や第三者委員会の意見を聞き、恣意的な価格決定となることを防止する措置が取られていること。
イ.公開買い付けに応じなかった株主にも同額での取得を提示するなど、一般に公正といえる手続がなされていること。
ウ.上記のような措置が取られ、専門家の意見を聞いた上で決定された価格は、会社、多数株主と少数株主との利害調整を適正に行い、実際の取得を行なう日までの値動きなどを予測可能な範囲で織り込んだものと考えられること。
この中でも、要旨の中で何度も触れられていることから、上記のア(外部の専門家の意見を聞いたこと)とイ(手続が公正であるといえること)の理由が、裁判所の判断に際して重要なものであると判断されたと考えられます。すなわち、会社側は、価格決定が恣意的になり、結果的に少数株主の利益を害しないよう、取りうる手続きをとった、と評価され、上記の結論に落ち着いたものと考えられます。
コメント
本件では、全部取得条項付株式の価格決定が争われましたが、会社側で専門家の意見をとる、手続きを公正なものにするなどの措置がとられていたため、結果的には会社側の主張が通ったことになります。
上記のような措置は、当たり前といえば当たり前の措置ともいえます。ただ、一般的には、会社の手続がずさんであった場合には、価格決定に関して株主側の主張が認められる可能性もあります。
もし、会社で全部取得条項付株式に限らず、株式の取得を行なう必要が生じた場合には、その対価決定に際して、専門家の意見を取ることや手続の公正を保つことなど、当たり前の措置を取ることの重要性を、改めて示した判決といえるのではないでしょうか。
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