東京地裁が転籍無効判断、会社分割と従業員について
2017/03/31 労務法務, 労働法全般, 会社法, その他
はじめに
会社分割にともなって新会社に転籍となった後に解雇されていた元従業員の男性が転籍の無効と地位確認、未払い賃金支払いを求めていた訴訟で28日、東京地裁は転籍の無効を認める判決を言い渡しました。今回は会社分割の際の従業員の地位について見ていきます。
事件の概要
判決文等によりますと、元従業員で原告の男性(54)は化粧品会社「エイボン・プロダクツ」(東京)の厚木工場で勤務しておりました。同社は2012年7月に会社分割の手続によって同工場を同社の100%子会社として分社化しました。その際に原告男性も労働条件に変更はないと伝えられ、エイボン社所属から同子会社に移籍となりました。その後2014年1月に同社は同子会社を解散し、工場も閉鎖しました。それにともない原告男性ら従業員も解雇となりました。原告男性は同社が会社分割の際に労働者と十分に協議を行っていなかったとして転籍は無効であるとし、地位確認と未払い賃金分の支払いを求め提訴しました。
会社分割と従業員
会社分割がなされますと、分割計画において定められた範囲で会社の事業や資産、雇用契約上の権利義務が新会社に承継されます(会社法763条1項5号)。その部門で働いていた従業員はそれによって新会社に移転することになります。会社分割計画が策定された後、株主総会の承認決議(804条1項)、債権者保護手続(810条)、株式買取請求手続(806)を経ることになり、株主や役員等は6ヶ月以内なら会社分割無効の訴えを提起することができます(828条1項10号)。しかし従業員は原則的にそれらに関与することはできません。そこで従業員の利益を保護するために、いくつかの規定が設けられておりまし。まず商法附則5条1項では「会社分割に伴う労働契約の承継等に関しては」「労働者と協議するもの」としております。そして労働承継法では分割にともなう労働契約の承継等についての通知義務(2条)や労働者の理解と協力を得るよう努める義務(7条)が規定されております。つまり分割会社は分割に際して従業員と協議し、理解を求めなければならないということです。
判例の考え方
同様の事例で、不採算部門を分社化し従業員もそのまま新会社に承継させた例を見ていきます(最判平成22年7月12日、日本IBM事件)。この事例では①会社分割無効の訴え以外でも労働者は商法附則5条、労働承継法7条違反により移籍の無効を争えるか、②無効となる場合はどのような場合か、③労働者に承継の拒否権はあるかが問題となりました。一審は①については認め、②については協議を「全く行わなかった場合、実質的にこれと同視し得る場合」とし③については労働者には自ら退職という選択肢があることから認めませんでした。そして最高裁はさらに、協議が「全く行われなかった場合、行われても説明や協議の内容が著しく不十分である場合」には効力を争えるとしました。会社分割に重大な利害関係を有する従業員の意思や希望を踏まえて会社に分割承継の判断をさせ、労働者の保護を図ろうとする法の趣旨に反さないかという点を判断していると言えます。
コメント
本件で東京地裁湯川裁判長は「会社は会社分割の大まかな説明をしたが、個別の話し合いは不十分だった」とし、転籍は無効であるとしました。基本的には上記最高裁の判断枠組みにそったものと言えます。しかし上記判例で最高裁は、従業員からの新会社の経営見通し等の質問や出向扱いにして欲しい等の要望に応じていない点を認めた上でなお「著しく不十分」とは言えないとして棄却しております。つまり協議不足によって無効となる場合というのは相当限定的な場合であると言えます。したがって本件でも控訴審、上告審では覆る可能性は十分にあると考えられます。実際にこうした会社分割手続を利用した不採算部門の分社化は人員削減にも利用されてきたという経緯があることから会社法改正段階でもこの点に配慮すべきとの声が上がっておりました。今後法改正等により従業員の保護規定が拡充されることも考えられます。会社分割の際には株主や債権者だけでなく、移転となる従業員とも十分に話し合い、できるだけ希望や意向を踏まえて理解を求めることが重要と言えるでしょう。
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