無理な出社は会社のリスクに?企業の対応をどう考えるか
2019/07/04 労務法務, 労働法全般
はじめに
九州南部が線状降水帯の影響で大豪雨に見舞われています。鹿児島地方気象台発表によりますと薩摩・大隅地方で命に危険を及ぼす土砂災害が発生していてもおかしくない極めて危険な状態となっており、浸水害・洪水についても危険な状態となっているところがあるとして警戒を強めています。
7月3日には鹿児島市が市内全域の約60万人に避難指示が出され、宮崎県都城市の一部にも避難指示が出されています。その他九州南部地域を中心に多くの地域に避難勧告あるいは避難準備が発令され、事態が切迫していることを物語っています。
このような状況の中で会社が出社を強制することにどのようなリスクがあるのでしょうか。今回は災害対策基本法と労働者管理の点から災害と法律の関係を見ていきます。
※参照:大雨と突風に関する鹿児島県(奄美地方を除く)気象情報 第10号
避難指示と避難勧告、避難準備、さらに警戒区域とは
災害時によく目にする避難勧告などの根拠は災害対策基本法になります。
まず56条は避難準備の根拠になっていますが「予想される災害の事態及びこれに対してとるべき避難のための立退きの準備その他の措置について、必要な通知又は警告をすることができる」としています。これはそのあと続くであろう避難勧告等に備えて市町村長はその準備を勧告することができます。
次に60条は前段が避難勧告、後段が避難指示の根拠になっていますが「避難のための立退きを勧告し、及び急を要すると認めるときは、これらの者に対し、避難のための立退きを指示することができる」と規定しています。この規定から見ると立退きの指示は「急を要する」という緊急状況が要求されているのでより強いものといえます。
しかしこれら三つはいずれも罰則の対象となっていません。従って一番強い避難指示が出されていてもこれに従わなかったことについてその人が罪に問われることはありません。
これに対して警戒区域に指定されると罰則の対象となりえます。
災害対策基本法63条は「災害が発生し、又はまさに発生しようとしている場合において、人の生命又は身体に対する危険を防止するため特に必要があると認めるときは、市町村長は、警戒区域を設定し、災害応急対策に従事する者以外の者に対して当該区域への立入りを制限し、若しくは禁止し、又は当該区域からの退去を命ずることができる」と規定しています。この警戒区域に指定された場合にこれに違反して退去命令等に従わなかった場合には罰則(106条2号)の対象となり十万円以下の罰金または拘留が科せられる恐れがあります。
過去には1991年6月7日に雲仙普賢岳の噴火、火砕流の流出に伴って日本で初めて警戒区域が指定され現在まで維持されている例があり、このような自然災害に伴って出されるのが通例です。
※参照:雲仙普賢岳噴火災害概要
雲仙岳現在の警戒区域
会社の安全配慮義務
まず前提として会社の所在地が警戒区域に指定されてしまった場合、立入は罰則により制限されるので出社そのものが違法となってしまいますし、会社として出社を要請することも違法となります。
問題は従わないことに罰則のない避難指示等です。このような場合に出社を強制することに問題点はあるのでしょうか。
ここで問題となるのが労働者に対する会社の安全配慮義務です。
労働契約法5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」として安全配慮義務を定めています。
厚生労働省のガイドラインによると、この義務は労働契約上特別の定めがなくとも労働契約上の付随的義務として会社が負うべき義務を規定したものと理解されています。
そして「必要な配慮」とは一律に定まっているものではなく具体的な状況に応じた判断が求められますが、一般論として予見できたのに予見しなかった(予見可能性を前提とした予見義務違反)こと、結果を回避できたのに回避しなかった(結果回避可能性を前提とした結果回避義務違反)ことが一つ指標となります。
災害と安全配慮
上記のような避難指示等が出ている場合は屋外が危険状況にあることについて公的機関がある種公的見解として発表したものとみることができます。
従って仮に出社に伴って事故が発生した場合のみならず、事故がたとえ発生していなくとも会社としては危険な状況に伴う事故発生のリスクを予見できたといえますから予見可能性を満たし、なおかつそれによって事故が発生することを予見すべきであったのにこれをしなかったのだから予見義務違反が認められ「必要な配慮」を欠いていたといえるでしょう。
このように会社として避難勧告等が出されている状況において出社命令を出すことは、事故の発生の有無を問わず安全配慮義務違反にあたるおそれがあります。
無理な出社命令を出すことは社員の安全の点からも、また会社にとってのリスクという点からも避けるべきではないでしょうか。
コメント
労働者としてはこのような命令に従わなかった場合、不利益に取り扱われるのではないか、心配に思うはずです。
しかしこの点については心配する必要はありません。
労働契約法15条、16条は懲戒・解雇を定めていますが、いずれについても「社会通念上相当」かどうかという点で縛りをかけています。そして違法な命令に従わなかったことを理由とする懲戒・解雇は「社会通念上相当」とは認められない恐れが高いため、懲戒権・解雇権の濫用にあたり、懲戒・解雇は無効と判断される可能性が高いと言えます。
法務部としては社員の不安を解消するため、無理な出社を行わないこと、また不利益のないことを周知徹底すべきであり、それがひいては会社を守ることに繋がることを強く意識し、今一度体制を確認してみることはいかかでしょうか。
※参考判例:日本食塩製造事件(最高裁昭和50年4月25日、ユニオン・ショップ協定に基づき労働者を解雇した事例で使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効と判断した事例)
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