あいちトリエンナーレから考える、表現活動への協賛
2020/04/03 コンプライアンス, 民法・商法
1.はじめに
2020年3月23日、文化庁は愛知県に対し、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」にかかる補助金について、一部減額した額である6700万円を支払う決定をしました。
「あいちトリエンナーレ2019」にかかる補助金交付についての問題は、「あいちトリエンナーレ2019」内の企画展である「表現の不自由展・その後」の展示内容が、政治的にセンシティブなものを内容としていることを理由として、「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれてしまったことから始まりました。そして、これらの一連の経緯を理由として、文化庁は、愛知県からの「あいちトリエンナーレ2019」にかかる補助金交付申請について、全額不交付決定としました。しかし、不交付決定については、いわゆる「表現の自由」や「検閲」などといった憲法上の観点から様々な議論が巻き起こりました。これらの議論の末、文化庁は一部減額の上補助金を交付するという決定をしました。
このような企画展の開催を認めるか、またそれに関連する補助金支給を認めるかという点については、政治的な側面や憲法上の問題が絡んできます。そのため、一見すると、企業法務とは直接の関係がないようにも思えます。しかし、「あいちトリエンナーレ2019」の開催に際して、様々な協賛企業が関係しています。また、この件に限らずとも、展示会の開催に際しては、広告会社や新聞社などのメディア関係の企業や、美術館や展示会場を所有する企業などがスポンサーとなることが考えられます。これらの企業は、その協賛内容や展示内容次第では、補助金の不交付決定や会場の貸し出し禁止措置などといった規制を、国から受けてしまうかもしれません。そのため、企業の法務部員にとっても、「あいちトリエンナーレ2019」の件は決して他人事ではないといえるでしょう。
そこで、「あいちトリエンナーレ2019」の件の問題の所在や、 今回のような事態に遭遇した時に法務部員として取るべき対応を一緒に考えていきたいと思います。
※参照:
〇文化庁が補助金不交付見直し あいちトリエンナーレ(日本経済新聞)
〇「不快なイベント」「趣旨には賛同」 慰安婦像の展示中止(朝日新聞)
〇公式Webサイトへの協賛企業・団体名の掲載について(あいちトリエンナーレ)
2.「あいちトリエンナーレ2019」の件の経緯
「あいちトリエンナーレ2019」は、2019年8月1日から同年10月14日の75日間にわたって開催された、国際芸術祭です。以下、主な経緯をお伝えします。
2019年8月1日:
「あいちトリエンナーレ2019」の企画展の1つである 「表現の不自由展・その後」の展示内容に、従軍慰安婦像や天皇の肖像画などの政治的な内容が含まれていたことにより、抗議や脅迫が相次ぐ。
2019年8月2日:
河村名古屋市長が、大村愛知県知事に対し、「日本国民の心を踏みにじる行為で、行政の立場を超えた展示が行われている」などとして展示中止などの措置を求める抗議文を提出
2019年8月3日:
「表現の不自由展・その後」 を円滑な運営のために中止する旨を、大村知事が発表
2019年9月13日:
「表現の不自由展・その後」の実行委員会が、芸術祭実行委員に対して展示再開を認めるよう名古屋地裁に対して仮処分の申立てを行う
2019年9月26日:
展示会場の安全や事業の円滑な運営を脅かすような重大な事実を認識していたのにもかかわらず申告しなかったとして、文化庁は愛知県に対して補助金不交付を決定
2019年9月30日:
「表現の不自由展・その後」の実行委員会と芸術祭実行委員が、再開に向けて和解成立
2019年10月8日:
「表現の不自由展・その後」が再開
2020年3月23日:
愛知県が今後の改善を表明したこと、展示会場の安全や事業の円滑な運営にかかる懸念に関連する経費等の減額を内容とする変更申請がなされたことを理由として、文化庁は愛知県に対して補助金一部減額交付を決定
※参照:
〇「表現の不自由展・その後」
〇少女像展示「中止を」 河村市長が知事に申し入れへ(朝日新聞)
〇テロ予告や脅迫に挫折 「表現の不自由展」識者の見方は(朝日新聞)
〇表現の不自由展「再開を」 実行委が仮処分を申し立て(朝日新聞)
〇あいちトリエンナーレに対する補助金の取扱いについて(文化庁)
〇表現の不自由展 展示再開で和解が成立 10月6~8日で協議へ(毎日新聞)
〇あいちトリエンナーレに対する補助金の取扱いについて 令和2年3月23日(文化庁)
3.「表現の不自由展・その後」の中止についての問題の所在
「表現の不自由展・その後」は、その展示内容に、従軍慰安婦像や昭和天皇などといった政治的にセンシティブな内容が含まれていました。そのことから、抗議のメールや電話が殺到し、さらにはガソリンテロの予告を受けるまでに至った結果、運営上の問題を理由に中止となりました。また、税金が投入されている公共事業においては、展示などの内容を審査する必要があるという視点や、特定の政治思想の表明の場を与えてしまうと国や地方公共団体がその思想を認めてしまうことになるという視点もありました。
他方、日本美術家連盟の理事長からは、「表現の多様な場を守る必要がある 」などといった声明が出されました。また、憲法学者の間でも、「表現の不自由展・その後」 を題材として、このような中止という形の制限は認められるのかという議論が巻き起こりました。さらには、憲法学者91名が、 河村名古屋市長の 「表現の不自由展・その後」 の中止を求める言動に対して、批判する声明文を発表するといった事態も起こりました。
これらの声明・批判は、本来であれば、芸術家による表現活動は自由にできるのにもかかわらず、表現の内容が理由となって制約されてしまうのは不当であるといったことから起因していると考えられます。
※参照:
〇企画展中止に美術家連盟声明「表現の多様な場守る必要」(朝日新聞)
〇「表現の自由」について憲法学者2人が語ったこと。どのような表現まで許される?(ハフィントンポスト)
〇憲法学者91人、河村市長らの言動批判 表現の不自由展(朝日新聞)
〇あいちトリエンナーレ 芸術監督・津田大介氏が語る企画中止の全貌(産経新聞)
〇【平成→令和 時代の節目に】不自由展は公共事業の問題 河村名古屋市長(産経新聞)
〇河村市長、開催費の支払い保留 自ら座り込み抗議活動へ(朝日新聞)
4.「表現の不自由展・その後」 の中止について企業はどのように見るべきか
以上の点を踏まえて、 自社が協賛したり表現活動の場を提供したりしているイベントなどにおいて、国や地方公共団体などから内容を理由に展示会の開催などを制約された場合には、どのようにすればよいのでしょうか。ある企業が、芸術活動に対して協賛したり、表現活動の場を提供したりすることは、芸術振興活動に貢献しているといえるでしょう。そしてその企業は、企業の社会的責任(CSR)を果たしていると、外部から評価されるのではないかと考えられます。これらのことから、自社が協賛したり、表現活動の場を提供したりしているイベントなどにおいて、内容を理由に制約されるようなことがあれば、 芸術振興活動という社会的責任を果たすべく、このような規制に対して反対の意見を表明するのがよいのではないでしょうか。
他方で、その制約されたイベントの内容が、当初から自社の価値観と合致しないものであったり、後に自社の価値観と合致しないと判明することもあるのではないかと思います。自社が協賛したり、表現活動の場を提供したりしているイベントにおける展示内容は、外部から見ると自社の価値観と結びついているように取られる可能性があるでしょう。そこで、そのような場合には、自社のイメージを守るという観点からスポンサーをやめるということも1つの方法であると考えられます。
※参照:
〇メセナとは? 企業の芸術文化への様々な取り組み方と実態(カオナビ)
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