肥後銀行の過労自殺を巡る訴訟で役員側が勝訴、株主代表訴訟について
2021/07/28 商事法務, 会社法, その他
はじめに
肥後銀行(熊本市)に勤務し、2012年に過労自殺した男性(当時40)の妻(51)が当時の取締役11人を相手取り提訴していた株主代表訴訟で熊本地裁は21日、請求を棄却する判決を出していたことがわかりました。労働管理体制は合理的であったとのことです。
今回は株主代表訴訟について見直していきます。
事案の概要
報道などによりますと、2012年当時、肥後銀行の本店業務統括部に努めていた男性は同年10月に本店から飛び降りて自殺したとされます。亡くなる直前1ヶ月の時間外労働は209時間に及んでいたとされ、極度の過労による重度のうつ病を発症しており熊本労基署により労災認定がなされておりました。
また熊本地裁も2014年に自殺と長時間労働との因果関係を認め、同行に対し約1億3000万円の損害賠償の支払いを命じていたとのことです。男性の妻は労働時間を適正に管理する体制の構築を怠っていたとして当時の役員11人に対し計約2億6000万円を同行に賠償するよう求め株主代表訴訟を提起しておりました。
役員等の会社に対する責任
株式会社の取締役など役員等と会社との関係は委任関係に立ち、役員等は会社に対して善管注意義務や忠実義務などを負っております(会社法330条、355条、民法644条)。それらの義務に違反し会社に損害を与えた場合には任務懈怠責任を負うことがあります(423条1項)。
この場合、本来であれば当該役員に対して責任追求をするのは会社側(監査役)ですが、役員間の仲間意識などで実際にはうやむやにされてしまうことも想定されます。そこで一定の要件のもと、株主が会社に代わって当該役員に対して責任追求の訴えを提起することが会社法上認められております。これが株主代表訴訟です(847条1項)。
これはあくまで会社全体としての利益、ひいては株主の利益を保護する制度で、株主個人のための訴訟ではありません。
株主代表訴訟の要件
株主代表訴訟を提起できるのは、公開会社では6ヶ月前から引き続き株式を有している株主となります。非公開会社の場合は6ヶ月の制限はありません(同2項)。
株式の保有数は1株でよく、単元株式制度を採用していても同様ですが単元未満株主は提訴できない旨を定款で定めることも可能です。上でも述べたように本来役員に対しては会社が責任追求すべきであることからまずは会社に対して提訴するよう請求することとなります。
請求の日から60日以内に会社が提訴しない場合に株主が代わって提訴できます(同3項)。ただしその期間を待っていては会社に回復できない損害が生じるおそれがある場合はただちに提訴できます(同5項)。
なお管轄裁判所は会社の本店所在地を管轄する地方裁判所となります(848条)。
代表訴訟への訴訟参加
株主代表訴訟が提起されている場合、会社や他の株主等は共同訴訟人や補助参加人として訴訟に関与することが可能です(849条1項)。
被告の役員に間違いはなかったとして被告側に加勢したい場合や、逆に株主側に立って追求したいと考える他の株主が存在する場合もしばしば見られます。このような参加への機会を確保するため、株主代表訴訟を提起した場合、その株主は会社に対して訴訟告知する必要があり、訴訟告知を受けた会社は遅滞なく公告または株主への通知をする必要があります(同4項、5項)。
なお会社が被告である役員側につく場合は監査役等の同意を要します(同3項)。
コメント
本件は過労自殺した社員の遺族が株主としての立場で労働管理体制の構築を怠ったことを理由として元役員に代表訴訟を提起したという特殊な事例と言えます。
熊本地裁は労働管理体制に不合理な点はなく、当時の役員らに労務管理に関する内部統制システム構築義務に違反した点はなかったとし棄却しました。原告側はどうすれば夫は長時間労働をしなくて済んだのか疑問が残るとして控訴する方針です。
以上のように会社役員の任務懈怠責任を会社に代わって株主が追求するのが株主代表訴訟です。通常は不祥事があった場合に提起されることが多いと言えますが、本件のように当時の役員の陳述や証言を得るために提訴される例もあるということです。訴訟の要件や本質をあらかじめ把握して対応していくことが重要と言えるでしょう。
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