大阪地裁で障害者遺族が係争中、障害者の逸失利益について
2021/10/12 訴訟対応, 民法・商法, 民事訴訟法
はじめに
大阪市生野区で暴走した重機にはねられ死亡した事故をめぐり遺族が損害賠償を求めている訴訟で、被告側は逸失利益は健常者の6割にとどまると主張していることがわかりました。原告側は障害者差別と反論しているとのことです。今回は障害者の逸失利益について見ていきます。
事案の概要
産経新聞によりますと、平成30年2月、大阪市生野区で重度の聴覚障害があった井出安優香さん(当時11)が暴走した重機ホイールローダーにはねられ死亡する事故が発生したとされます。事故当時安優香さんは大阪府立生野聴覚支援学校前の歩道で信号待ちをしていたところ、持病のてんかんによる発作で意識を失っていた運転手が操縦する重機が突っ込み死亡したとのことです。遺族側は運転手と会社を相手取り、逸失利益と慰謝料含め計約6130万円の損害賠償を求め大阪地裁に提訴しておりました。逸失利益は健常者と同じ基準で算出されているとされます。
損害とその種類
不法行為や債務不履行により損害が生じた場合、被害者はその賠償を請求することができます(民法415条、709条等)。その発生した損害にも様々な種類があり、物損や負傷による損害を積極損害や実損などと呼ばれることがあります。修理や治療、同様のものを調達してくるといった場合に要する費用などが該当します。それらのようにその時点で具体的に発生しているものではなく、本来得られたであろう利益や将来えられるはずであった利益の損害を消極損害や逸失利益と言います。また債務不履行では履行利益や信頼利益といった概念も存在します。履行利益とは本来の履行があれば得られたはずの利益を言い、転売利益などが該当します。信頼利益とは、契約が有効であると信頼して生じた損失を言います。購入したものを設置するための工事費などが該当します。このように損害にも様々な種類が存在します。
逸失利益について
逸失利益は上記のように本来であれば得られたはずの利益を言います。事故で死亡したり後遺症を抱えることになった場合に、それにより働くことできなくなり失った将来の賃金などが該当します。この逸失利益の算定にあたっては、平均賃金(賃金センサス)を元にその人の予測される就労期間を乗じて計算されることとなります。50年ほど前ではこの平均賃金は男女で差があるとして、女性の場合の算定は低く抑えられていたと言われております。その後女性の社会進出から差はなくなったとして同じ基準となりましたが、障害者については依然として扱いが不透明と言えます。障害の程度によってはほぼ逸失利益が認められない場合や6割程度とされた例も挙げられております。
障害者の逸失利益
自閉症スペクトラム障害のある養護学校高等部2年生が水泳授業で溺死した事例で、自閉症児の就労状況や同養護学校の卒条後の進路状況、作業所入所者の平均賃金、将来の回復可能性なども踏まえて平均賃金の約50%で算定された裁判例があります(東京高裁平成6年11月29日)。また同様に自閉症スペクトラム障害を持つ障害者が入所施設内での入浴中に溺死した事例で、身体的には何ら問題がなく、指示された内容を理解でき、ドリルや釘打ち作業も可能であるとして最低賃金に相当する額を算定基準とした裁判例も存在します(青森地裁平成21年12月25日)。またダウン症の例で高卒平均年収の70%を基準とした例や軽度の知的障害の例で障害者雇用実態調査の結果に基づく平均賃金額を基準とした例も存在します(名古屋地裁平成30年3月16日)。
コメント
本件で重度の聴覚障害があった安優香さんの遺族は健常者と同じ基準で逸失利益を算定しております。これに対し被告側は、大学に進学して正社員として就職することは難しいとし、健常者の約6割にあたる294万円が基準年収額として妥当と主張しております。今後障害の程度やどの程度の業務遂行能力があったのかなどが争点となってくるものと考えられます。以上のように障害者の逸失利益の算定については、その障害の程度や個人の能力、特性などから個別に認定されているのが現状です。そのため明確な基準や判例は無く予測がつきにくいと言えます。健常者の場合はどの程度の逸失利益になるのか、またどのような障害がある場合はどの程度減算されるのかをある程度把握しておくことが重要と言えるでしょう。
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