経済安全保障法務:機微技術等の国内提供(みなし輸出)規制強化(5月実施)
2022/04/05 海外法務, コンプライアンス, 通商法関連業務, 外国為替法
GBL研究所理事・UniLaw企業法務研究所代表 浅井敏雄[1]
近年安全保障上機微な技術・軍事転用可能な民生技術の外国などへの流出懸念が高まっているところ, 本年(2022年)5月1日から, 日本国内における特定技術の提供であっても外国への技術輸出とみなされる「みなし輸出」の範囲が拡大され, 該当する場合には輸出許可が必要となる(違反は処罰対象)。その結果, 企業内における外国籍従業員への技術開示, 大学における外国籍留学生への技術開示なども対象になる可能性がある。「みなし輸出」への対応は, 従来企業・大学の輸出管理担当部署が対応することが多かった思われるところ, 今後は法的判断を要する場面の広がりから法務担当部署, 従業員・教授の採用・配置転換などの場面で人事担当部署なども協力して対応する必要があるであろう。そこで, 本稿ではこの「みなし輸出」規制強化の概要を解説する。
なお, 本稿において各法令を略称で引用しているが正式名称は略称からのリンク先で確認可能である。
また, 本稿において以下の資料を以下の略称で引用する。
・「外国為替法令の解釈及び運用について(昭和55年11月29日付蔵国第4672号)」(「旧通達」)
・「安全保障貿易管理小委員会安保小委中間報告」(2021年6月10日)(「安保小委中間報告」)
・2021年11月18日付けの通達(「新通達」)
・『「みなし輸出」管理の明確化に関する Q&A』2021年11月(「Q&A」)
・「安全保障貿易に係る機微技術管理ガイダンス(大学・研究機関用)第四版」2022年2月(「大学GL」)
・大川信太郎「外為法に基づくみなし輸出管理の明確化について—安全保障貿易管理の基礎から解説—」 NBL 2021.12.1:経産省担当官の解説(「解説」)
【目 次】 (各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプする) |
1 技術輸出規制の概要
外為法25条(役務取引等)上,
(i)国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるものとして政令で定める特定の種類の貨物の設計, 製造若しくは使用に係る技術(「特定技術」)を特定の外国(「特定国」)において提供することを目的とする取引を行おうとする居住者若しくは非居住者, 又は,
(ii)特定技術を特定国の非居住者に提供することを目的とする取引を行おうとする居住者は,
政令で定めるところにより, 当該取引について, 経済産業大臣の許可を受けなければならない。
当該許可(以下「輸出許可」)を事前に得ることなくその取引(合意に基づく技術提供。有償・無償を問わない)を行うことは禁止され(外為法16条5項), 違反した場合には刑罰(違反行為者に対する懲役, その者が属する法人に対する罰金)(外為法69条の6, 72条)及び行政制裁(3年以内の技術提供の禁止)(外為法25条の2)の対象となる。
上記(i)には国境を越える技術提供(ボーダー管理), 上記(ii)には国内での技術提供(以下「みなし輸出」)が含まれる。今回の規制強化は, 「みなし輸出」の範囲を「新通達」で示す解釈運用により拡大するものである。
「特定技術」・「特定国」[2]:外為令17条により, 同別表1~15項に掲げる特定技術(武器・兵器関連であり1項以外はその機能や性能(スペック)要件が貨物等省令で定められている)に関しては特定国は全ての外国・地域である。— 「リスト規制」
同じく, 外為令17条により, 同別表16項に掲げる特定技術(上記以外の特定技術)に関しては特定国は輸出令別表第三に掲げる地域(旧「ホワイト国」・現「グループA」[3])を除く全地域である。但し, 提供技術が兵器等の開発等に用いられるおそれがあることを輸出者(技術提供者)が知った場合, 又は, 経産大臣から輸出者に輸出許可申請をすべき旨の通知があった場合のみ輸出許可要。— 「キャッチオール規制」
公知技術等の例外:公知の技術の提供や学会誌・公開特許情報などによる技術を公知とするための提供(貿易外省令9条2項9号), 基礎科学分野での研究活動での技術提供(同10号)は輸出許可不要。
2 「居住者」・「非居住者」の定義と従来の解釈運用
(1)外為法上の定義:「居住者」・「非居住者」の意味については, 外為法上以下の通り定義されている。
・「居住者」(外為法6条1項5号):本邦内[日本国内]に住所又は居所を有する自然人及び本邦内に主たる事務所を有する法人をいう。非居住者の本邦内の支店, 出張所その他の事務所は, 法律上代理権があると否とにかかわらず, その主たる事務所が外国にある場合においても居住者とみなす。
・「非居住者」(外為法6条1項6号):居住者以外の自然人及び法人をいう。
(2)「旧通達」上の解釈:「居住者」・「非居住者」の判断は必ずしも容易でないことから, 従来, 「旧通達」により, 以下の者は外国人であっても「居住者」として取り扱う解釈・運用がなされてきた。
・日本国内の事務所に勤務する者。(例)日本企業に採用され勤務開始した外国籍従業員
・日本に入国後6か月以上経過した者。(例)日本入国後6か月以上経過した外国籍留学生
⇒従って, 従来は, 日本企業内での外国籍従業員への技術開示, 日本の大学での外国籍留学生への技術開示は, 軍事転用の可能性が特に高い機微技術であっても, 居住者間の取引とみなされ, みなし輸出規制の対象外とされてきた。
3 安全保障小委での問題提起
上記の通り, 従来は外為法上規制される「みなし輸出」を限定的に解釈運用してきた。しかし, 「安保小委中間報告」では以下のような指摘・提言がなされた。
・従来の解釈運用では, 国際的に人を介した機微技術流出懸念が増大する中, 特定国の影響下にある「居住者」(と取り扱われる者)(国籍を問わない)が, 機微技術流出に関与するリスクが顕在化している現状に十分対応できていない。例えば, 外国人が外国政府や外国の法人の著しい影響下にあり, 自覚しているか否かに関わらず, 外国による技術窃取の取組に荷担している場合などは, 当該輸出許可申請が適切になされないことが懸念される。
・従って, 国籍に関わらず現在居住者として扱われている者への技術の提供が, 非居住者へ技術を提供することと事実上同一と考えられる場合には, 当該居住者に対する技術の提供は「特定国の非居住者に提供することを目的とする取引」であるとし, 「みなし輸出」管理の対象と捉えるべきである。
4 新たに「みなし輸出」規制を受ける「特定類型」居住者
上記の安全保障小委での問題提起を受け, 「新通達」により, 本年(2022年)5月1日から, 日本国内における特定技術の提供であっても以下の類型(「特定類型」)の居住者(自然人に限る)(その者が外国人か日本人かなど国籍を問わない)に対する技術提供も「特定国の非居住者に対して技術を提供することを内容とする取引」(みなし輸出)に該当するものとされ輸出許可が必要となる。なお, 原則及び例外が複雑なので, 以下はおおよその内容であり, 正確には「新通達」を参照のこと。
•特定類型①:外国で設立された法人・団体(「外国法人等」)又は外国の政府・政府機関・地方公共団体・中央銀行・政党・政治団体(「外国政府等」)との雇用・委任・請負などの契約に基づき当該「外国法人等」・「外国政府等」の指揮命令に服するか又はそれらに対し善管注意義務を負う者
(例):外国企業の従業員・取締役を兼ねている日本企業の(外国人・日本人)従業員・取締役
(例):外国大学と雇用契約を結び教授職を兼ねている日本の大学の(外国人・日本人)教授
(例):サバティカル制度で我が国の大学に研究等に来ている外国の大学の教授
(例):外国法人等又は外国政府等に雇用等されている日本の大学の外国人留学生
(例外・非該当など)外国法人と日本法人(又は特定類型該当者)の間で日本法人の指揮命令・善管注意義務の方が優先すると合意している場合や, 外国法人と日本法人が50%以上の親子関係にある場合などは例外。なお, 「居住者」・「非居住者」の定義上, 外国企業の日本子会社(=日本法人)や日本支店は「外国法人」等に該当しないから, その従業員・取締役は特定類型非該当(「Q&A」Q12, 17)。
•特定類型②:「外国政府等」から多額の金銭その他の重大な利益(金銭換算でその者の年間所得の25%以上)を得ているか又は得ることを約している者
(例):外国政府から留学資金の提供を受けている外国人留学生
(例):外国政府の理工系人材獲得プログラムに参加し, 多額の研究資金や生活費の提供を受けている(外国人・日本人)研究者
(例外・非該当など)「外国政府等」であり「外国法人等」ではないから, 「外国法人等」の奨学金を受ける者は含まれない。大学教授が(形式上のみならず実質的にも)個人としてではなく大学や研究室の研究資金として外国政府等から利益を受ける場合も特定類型非該当。
•特定類型③:日本における行動に関し「外国政府等」の指示又は依頼を受ける者
(例):日本における行動に関し「外国政府等」から指示・依頼・特定任務を受けている者
これに該当すると疑われる者については, 民間企業等が判断することは通常難しいので, 経済産業省から連絡する方法により運営することが想定されている。
(例外・非該当など)「外国政府等」であり「外国法人等」ではないから, 「外国法人等」から指示・依頼・特定任務を受けている者は含まれない。外国の国家情報活動について法律上協力義務が課されている(例:中国国家情報法7条に基づく中国国民などの諜報活動協力義務)だけではこの類型に該当しない。
5 「特定類型」居住者の該当性判断ガイドライン
「新通達」によれば, 技術を提供する企業や大学が, 技術提供の相手方が「特定類型」に該当するか否かについて, おおよそ以下のような確認をすれば, 通常果たすべき注意義務を果たしているものと解釈される(「新通達」の「別紙1-3 特定類型の該当性の判断に係るガイドライン」)。
⇒従って, この場合, 仮に無許可のみなし輸出が外形的に発生した場合であっても, 他に特定類型該当性に関する情報を得たなどの事情のない限り, 提供者は故意・過失がないものとして, 罰則・行政処分の対象にはならない(「Q&A」Q34)。
なお, 以下の内容はガイドラインの内容を分かり易いよう書き換えているので, 正確にはガイドライン参照のこと。
1 特定類型①又は②の該当性確認
(1)当該居住者が提供者の指揮命令下にない場合(従業員などでない場合)
(a)提供者が技術提供実施までの間に通常取得する契約書等(*)に記載された情報から特定類型①又は②に該当することが明らかな場合は輸出許可要。それが明らかなのに漫然と技術提供を行う場合は注意義務違反。それが明らかでない場合は追加確認は不要。
(*)大学の場合「契約書等」には留学生受入れの際に技術の機微度などに応じ提出させる書類を含む(「Q&A」Q40)。法人とその所属従業員間での技術提供などで, 通常契約書等の文書のやりとりをしない場合は追加的に書類を取得して確認することは不要(「Q&A」Q6)。
(b)特定類型①又は②該当可能性があると経産省から連絡を受けたのに漫然と技術提供を行う場合は注意義務違反。
(2)当該居住者が提供者の指揮命令下にある場合(従業員などである場合)
(a)当該居住者が指揮命令に服した時点(従業員などになった時点)で, 特定類型①又は②に該当するか否かを当該居住者の自己申告(「新通達」の別紙1-4として誓約書の例が添付されている)により確認し(但し誓約書の内容の真実性まで確認する必要はない:「Q&A」Q34)かつ指揮命令に服する期間中(雇用期間中など)に新たに特定類型①又は②に該当することとなった場合に報告を求めている場合(*)は注意義務違反なし。
又, 「新通達」適用開始(2022年5月1日)時点で既に指揮命令下にある場合であって, 指揮命令に服する期間中において, 新たに特定類型に該当することとなった場合に報告することを求めている場合も注意義務違反なし。
(*)就業規則等の内部規則で副業行為を含む利益相反行為が禁止又は申告制になっている場合でもこの報告を求めていることと解される。
(b)特定類型①又は②に該当する可能性があると経産省から連絡を受けたのに漫然と技術提供を行う場合は注意義務違反。
2 特定類型③の該当性確認(当該居住者が提供者の指揮命令下にない場合/ある場合いずれにも共通)
(a)技術提供実施までの間に通常取得する契約書等に記載された情報から特定類型③に該当することが明らかな場合は輸出許可要。それが明らかなのに漫然と技術提供を行う場合は注意義務違反。それが明らかでない場合は追加確認は不要。
(b)特定類型③に該当する可能性があると経産省から連絡を受けたのに漫然と技術提供を行う場合は注意義務違反。
6 企業・大学などの実務への影響
「みなし輸出」への対応は, 従来企業・大学などの輸出管理担当部署が対応することが多かった思われる。しかし, 今後は外為法遵守のためのスクリーニングをしなければならない場面が日本国内における「居住者」(として取り扱われる者)への技術提供にも拡大する。
従って, 今後は, 法的判断を要する場面の拡大から法務担当部署, 更には, 従業員・教授などの採用・配属先決定・配置転換などの場面で人事担当部署なども協力して対応する必要があるであろう。
例えば, 法的判断に関し, 共同事業・共同研究の相手方の企業又は大学の従業員・教授又は学生に対する技術提供の場面における特定類型該当性の確認の要否などについて, 理解・判断が難しい解釈も示されており(「解説」p13・「Q&A」Q7,8・「大学GL」p 40,41参照), これには, 法務担当部署も関与した正確な法的判断が必要と思われる。
今回の「新通達」による新たな解釈運用でも, 企業・大学などの負担を考慮してか, 特定類型に該当するか否かの確認方法は誓約書の取付けなど比較的形式的で厳しくないものでよい(少なくとも刑事罰・行政処分の対象にはならない)とされているが, 現実に機微技術が流出した場合には, そのことによる直接的損害の他, 社会的批判も十分予測される。従って, 企業・大学などとしては, 特に, 外国などが窃取してでも入手したいであろう機微技術・軍事転用可能な民生技術を有する場合などにおいてその当該技術に触れる可能性のある者に関し, 法令の最低限の遵守にとどまらない実質的・予防的措置を検討すべきものと思われる。
以 上
【注】
[1] 【本稿の筆者】 一般社団法人GBL研究所理事/UniLaw企業法務研究所代表 浅井敏雄(Facebook)
[2] 【「特定技術」・「特定国」など】 (参考) (1) CISTEC「我が国の安全保障輸出管理制度」, (2) 「外為法による輸出管理規制と実務フロー」 ビジネス法務 2020.4 p.77-81
[3] 【輸出令別表第三に掲げる地域(旧「ホワイト国」・現「グループA」)】現在以下の通り。
— アルゼンチン, オーストラリア, オーストリア, ベルギー, ブルガリア, カナダ, チェコ, デンマーク, フィンランド, フランス, ドイツ, ギリシャ, ハンガリー, アイルランド, イタリア, ルクセンブルク, オランダ, ニュージーランド, ノルウェー, ポーランド, ポルトガル, スペイン, スウェーデン, スイス, 英国, アメリカ合衆国。2019年8月に韓国が除外された。
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