東京機械制作所が二審も勝訴、「短期売買利益提供制度」とは
2024/08/05 金融法務, 戦略法務, 金融商品取引法, メーカー
はじめに
新聞輪転機メーカー「東京機械製作所」が金融商品取引法に基づき、同社株式の短期間売買で得た売却益約19億4千万円の支払いを主要株主の投資ファンドに求めた訴訟の控訴審で31日、東京高裁は投資ファンド側の控訴を棄却しました。今回は金商法の短期売買利益提供制度について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、東京機械製作所の主要株主である投資会社「アジアインベストメントファンド」は2021年7月、同社の株約162万株を信用取引で買付け、その後同社が対抗策を打ち出した後の同年9月に買付けた約162万株を売却したとされます。しかしその後、アジアインベストメントは同社の株式の同数を現物取引で再購入しており、同社はアジアインベストメントに対して金商法に基づき売却利益の支払いを求め東京地裁に提訴しておりました。アジアインベストメント側は本件株取引は金商法の適用対象外と主張しておりましたが、一審東京地裁は投資判断を伴う取引で、情報の不正利用の予知はあるとし約19億4000万円の支払いを命じました。
短期売買利益提供制度とは
金商法164条1項、2項によりますと、上場会社等の役員または主要株主が当該上場会社等の発行する特定有価証券等の売買等について、6ヶ月以内の短期売買を行い、利益を得た場合には、当該上場会社等はその役員または主要株主に対して、その利益を提供すべきことを請求することができるとしております。これは役員や主要株主等、会社の情報を知り得る立場にある者がその立場を利用して不当に利益を得ることを防止するもので、インサイダー取引の未然防止といった意味合いがあります。インサイダー取引の場合は、会社の重要事実または公開買付等の情報が公表される前に株式の取引を行い、それによって不正な利益を得るというものですが、短期売買利益提供制度はそれよりも範囲が広くなっております。
短期売買利益
対象となる短期売買利益は役員や主要株主が6ヶ月以内に行った売買に関し、売付け価額から買付け価額を控除した額のうち、売買合致数量にかかる手数料相当額を超える部分の金額を言うとされます(有価証券の取引等に規制に関する内閣府令34条1項)。たとえば売付けの単価が2000円、数量1000株、手数料500円とし、買付けの単価が1500円、数量3000株、手数料1500円の場合、{(2000円-1500円)✕1000株}-{500円+(1500円✕1000株/3000株)}で499,000円となります。6ヶ月以内の感覚で行われた組み合わせで最も早い時期に行われたものから順次売買合致数量に達するまで割り当てるとされ、同一日に複数の売買が行われた場合は、最も単価が低い買付け、最も高い売付けから順次割り当てるとされます。
その他の規制
このように金商法では役員や主要株主による不当な利益を規制しております。これらの者が当該株式会社の株式の売買を近商品取引業者に委託して行った場合、その日の属する月の翌月15日までに当該業者を経由して内閣総理大臣(金融庁長官)宛に売買報告書を提出する必要があります(金商法163条)。また役員や主要株主は信用取引等を利用することによって、自らが保有している当該株式会社の株式の額を超えて売付け(空売り)を行うことも禁止されております(165条)。この売買報告書を提出しなかった場合や、虚偽記載報告を提出した場合、また空売り規制に違反した場合は罰則として6ヶ月以下の懲役、50万円以下の罰金またはこれらの併科が規定されております(205条19号、20号)。
コメント
本件ではアジアインベストメントの親会社であるアジア開発キャピタルが東京機械製作所を買収目的で株式を買い集めており、これに対して東京機械製作所が新株予約権無償割当てによって敵対的買収防衛を行っていたという背景があります。アジアインベストメントは本件株取引は金商法の対象外であり、また憲法が保障する財産権を侵害する等反論しておりましたが、東京高裁は市場の公平性維持のために必要かつ合理的な規制であり、投資判断を伴う取引で情報の不正利用の余地があるとして控訴を棄却しました。以上のように金商法ではインサイダー取引以外でも役員や主要な株主が当会社の株式の売買を行った場合、それによる利益を会社に返還しなければならない場合があります。またその前提として金融庁長官への報告が必要となっております。インサイダー取引と合わせてこれらの規制についても社内で周知しておくことが重要と言えるでしょう。
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