QAで学ぶ契約書作成・審査の基礎 13回:反社会的勢力排除条項
2021/12/01 契約法務
今回は, 暴力団等のいわゆる反社会的勢力を排除することを目的とした反社会的勢力排除条項について解説します。
【目 次】 (各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします) Q4:反社会的勢力データベースの作成・利用と個人情報保護との関係は? |
Q1: 反社会的勢力排除条項とは?
A1: 反社会的勢力排除条項とは、暴力団等の反社会的勢力との取引を拒絶し、万一取引開始後に相手方が同勢力と判明した場合には契約を損害賠償責任を負うことなく解除できることを規定した条項を意味します。暴力団排除条項と呼ばれることもあります。企業には必ずしも反社会的勢力排除条項を定める義務はありませんが、政府方針で同条項を定めることが推奨されており、条例によっては同条項を定める努力義務を規定しているものがあります。また、企業自身にとってもその社会的責任を果たし、また、法令等遵守・リスク管理を行うための一手段となり得ます。
【解 説】
1.歴史的背景
(1) 政府指針の公表: 1991年の「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(暴対法)の制定、1997年の大手證券会社・大手銀行による総会屋への利益供与事件、2007年の「犯罪による収益の移転防止に関する法律」の制定等により、反社会的勢力に対する対策が重視されるようになり、2007年6月には「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について」という政府指針(以下「政府指針」)が公表されました。[1]
(2) 政府指針の概要:政府指針では、「反社会的勢力による被害を防止するための基本的な考え方」(2(1))として、企業は「反社会的勢力とは、取引関係を含めて、一切の関係をもたない」ことが挙げられています。更に、「平素からの対応」(2(2))として、「反社会的勢力が取引先や株主となって、不当要求を行う場合の被害を防止するため」、「契約書や契約約款の中に、①暴力団を始めとする反社会的勢力が、当該取引の相手方となることを拒絶する旨や、②当該取引が開始された後に、相手方が暴力団を始めとする反社会的勢力であると判明した場合や相手方が不当要求を行った場合に、契約を解除してその相手方を取引から排除できる旨を盛り込んでおくことが有効である」と記載されています。
(3) 都道府県条例の制定:上記の政府指針の公表もあり、各都道府県では、続々といわゆる暴力団排除条例が制定され、2011年までに全都道府県で施行されました。例えば、「東京都暴力団排除条例」(以下「都条例」)第17条第2項には、「事業者は、その行う事業に係る契約を書面により締結する場合には、次に掲げる内容の特約を契約書その他の書面に定めるよう努めるものとする。一 当該事業に係る契約の相手方又は代理若しくは媒介をする者が暴力団関係者であることが判明した場合には、当該事業者は催告することなく当該事業に係る契約を解除することができること(以下略)」等と定められています。
(4) モデル条項案の公表:上記のような動きを受け、各業界団体、地方自治体、警察等が上記の内容を踏まえたモデル条項案を公表しました。[2]
2.反社会的勢力排除条項で定めるべき事項:各モデル条項は政府指針・条例等を踏まえたもので、以下がその共通したポイントであるということができます。[3]
①反社会的勢力の範囲:一般的には、警察庁が各都道府県警察に宛てた「組織犯罪対策要綱の制定について(通達)」(2020年4月1日)(以下「警察庁通達」)に記載されている暴力団等(p 5,6)や、「東京都暴力団排除条例 Q&A」(以下「都条例Q&A」)のQ6(条例第2条第4号の「暴力団関係者」に関する質問)への回答内容等が参考にされることが多いと思われます。
②契約当事者・その役員等が反社会的勢力でないことの表明・確約:そもそも、取引開始前に必要な調査をして反社会的勢力と取引しないようにすることが肝心ですが、万一取引開始後に相手方が反社会的勢力であると気が付いた場合には契約を解除できるよう、相手方当事者自体やその役員等が反社会的勢力でないことを予め表明・確約させておきます。
③不当要求の禁止:反社会的勢力は自身が反社会的勢力であることを隠して企業に接近することもあり、また、暴力的要求等不当要求があってもその要求者を反社会的勢力であると認定することが困難な場合もあり、更に、不当要求をするのは反社会的勢力とは限りません。そこで、上記②の反社会的勢力という属性に着目した規定の他、暴力的な要求等の不当要求の行為類型を定めた上、行為主体の属性を問わず直接当該行為を禁止します。
④契約の無催告解除:上記②の表明・確約または上記③の不当要求の禁止の違反の効果として、他方当事者が催告することなく当該契約を解除することができる旨規定します。
⑤契約解除により生じ得る損害の賠償責任を負わないこと:上記④により契約を解除した場合、相手方に何らかの損害が生じたときでも、解除当事者はその賠償責任を負わないことを明記します。
3. 反社会的勢力排除条項の効果等:同条項の法的効果は、勿論、該当事由が認識された時点で催告なく解除できることです。また、事実上の効果として、このような条項を提示することにより反社会的勢力に取引を断念させることが期待されます。更に、政府指針の解説である「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針に関する解説」(以下「指針解説」)では、「取締役の善管注意義務の判断に際して、民事訴訟等の場において、本指針[の内容を実施しているか否か]が参考にされること等はあり得る」と記載されています(p 1)。
Q2: 反社会的勢力排除条項の条項例は?
以下に一例(筆者作成)を示します。
第〇条(反社会的勢力の排除) 1.甲及び乙は、相手方に対し、自己、自己の役員その他自己の経営に実質的に関与している者又は代理人が、現在及び将来にわたって、次の各号のいずれにも該当しないことを表明し確約します。(*1) (1)暴力団、暴力団員、暴力団員でなくなったときから5年を経過しない者、暴力団準構成員、暴力団関係企業、総会屋、社会運動標榜ゴロ、特殊知能暴力集団、その他これらに準ずる者(以下総称して「反社会的勢力」という)であること (*2) (2)反社会的勢力が実質的に経営を支配し又はこれに関与していること (3)自己又は第三者の不正の利益を図る目的又は第三者に損害を加える目的をもって不当に反社会的勢力を利用していること (4)反社会的勢力に資金等を提供し、又は便宜を供与する等、反社会的勢力の維持、運営に協力し又は関与していること (5)反社会的勢力に自己の名義を利用させ本契約を締結するものであること (6)前各号の他、反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係にあること 2.甲及び乙は、自ら又は第三者を利用して次の各号の一にでも該当する行為を行わないことを確約します。(*3) (1)暴力的な要求行為 (2)法的な責任を超えた不当な要求行為 (3)取引に関して脅迫的な言動を行い又は暴力を用いる行為 (4)風説を流布し、偽計若しくは威力を用いて相手方の信用を毀損し、又は相手方の業務を妨害する行為 (5)その他前各号に準ずる行為 3.甲及び乙は、相手方が本条第1項又は前項に違反した場合には、何ら催告をすることなく、直ちに本契約を解除できるものとします。(*4) 4.甲及び乙は、前項により本契約を解除した場合、これにより相手方又は第三者に生じた損害について何らの責任も負わないものとします。(*5) |
【解 説】
(*1)この第1項で、反社会的勢力の範囲を定め、契約当事者・その役員等が反社会的勢力でないことの表明・確約をさせています。契約当事者自身とその役員等を分けて規定する例もありますが、ここでは両者をまとめて規定しています。
(*2)「暴力団、...特殊知能暴力集団暴力団」等については、前記の通り「警察庁通達」、「都条例Q&A」等を参考としています。その意味等についてはこの通達等を参照して下さい。「暴力団」等について個々に定義する例もありますが、これら通達等によりその意味について一般的に共通の理解があると考えられ、また、条文が長くなり過ぎるので不要でしょう。
(*3)この第2項で不当要求の行為類型を定めた上、行為主体の属性を問わず直接当該行為を禁止しています
(*4)この第3項で上記の表明・確約または不当要求の禁止の違反の効果として、他方当事者が催告することなく当該契約を解除することができる旨規定しています。ここで列挙した行為の他、例えば、不動産業界のモデル条項[4]では「本[賃貸]物件を反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点に供すること」を禁止する等、業界や取引の種類によってはその特殊性に応じた行為を追加した方が良い場合もあるので、各業界のモデル条項も確認・参照した方がよいでしょう。
(*5)この第4項で契約解除により相手方に何らかの損害が生じたときでも、解除当事者はその賠償責任を負わないことを明記しています。なお、解除する側からの損害賠償請求権を規定する例もありますが、ここでは、それを実行する可能性・メリットは高くないと考え、規定していません。
Q3:反社会的勢力排除条項は常に規定すべきか?
A3: そうとは限りません。契約の相手方がよく知られた上場企業等反社会的勢力でないことがはっきりしている等の場合は契約中に同条項を入れる必要性は低いでしょう。一方、不特定多数の相手方が想定される取引基本契約のひな型等には同条項を入れておくべきでしょう。
Q4:反社会的勢力データベースの作成・利用と個人情報保護との関係は?
A4: 暴力団員等、反社会的勢力に属する個人等の情報も個人情報です。しかし、企業が反社会的勢力の情報をデータベース化し、反社会的勢力による被害防止のためにその個人情報を取得・利用・第三者提供することは、個人情報保護法(以下「法」)上も基本的に問題ありません。
【解 説】
この点に関しては、指針解説(p4~6)に詳しい解説があるのでその内容を以下に記します(一部省略)。
企業が、反社会的勢力の被害を防止するためには、各企業において、自ら業務上取得した、あるいは他の事業者や暴力追放運動推進センター等から提供を受けた反社会的勢力の情報をデータベース化し、反社会的勢力による被害防
止のために利用することが、極めて重要かつ必要である。
反社会的勢力に関する個人情報を保有・利用することについて法の適用について整理すると、以下のとおりである。
① 取得段階:事業者が、上記目的に利用するため反社会的勢力の個人情報を直接取得すること、又は事業者がデータベース化した反社会的勢力の個人情報を、上記目的に利用するため、他の事業者、暴力追放運動推進センター等から取得すること
→ 利用目的を本人に通知することにより、従業員に危害が加えられる、事業者に不当要求等がなされる等のおそれがある場合、法18条4項1号(本人又は第三者の生命、身体又は財産その他の権利利益を害するおそれがある場合)及び2号(事業者の正当な権利又は利益を害するおそれがある場合)に該当し、本人に利用目的を通知または公表する必要はない。
② 利用段階:事業者が、他の目的により取得した反社会的勢力の個人情報を上記目的に利用すること。
→ こうした利用をしない場合、反社会的勢力による不当要求等に対処し損ねたり、反社会的勢力との関係遮断に失敗することによる信用失墜に伴う金銭的被害も生じたりする。また、反社会的勢力からこうした利用に関する同意を得ることは困難である。このため、このような場合、法16条3項2号(人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき)に該当し、本人の同意がなくとも目的外利用を行うことができる。
③ 提供段階:事業者が、データベース化した反社会的勢力の個人情報を、上記目的のため、他の事業者、暴力追放運動推進センター等の第三者に提供すること
→ 反社会的勢力に関する情報を交換しその手口を把握しておかなければ、反社会的勢力による不当要求等に対処し損ねたり、反社会的勢力との関係遮断に失敗することによる信用失墜に伴う金銭的被害も生じたりする。また、反社会的勢力からこうした提供に関する同意を得ることは困難である。このため、このような場合、法23条1項2号(人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき)に該当し、本人の同意がなくとも第三者提供を行うことができる。
④ 保有段階:事業者が、保有する反社会的勢力の個人情報について、一定の事項の公表等を行うことや、当該本人から開示(不存在である旨を知らせることを含む。)を求められること
→ 反社会的勢力の個人情報については、事業者がこれを保有していることが明らかになることにより、不当要求等の違法又は不当な行為を助長し、又は誘発するおそれがある場合、個人情報の保護に関する法律施行令3条[現4条]2号(存否が明らかになることにより、違法又は不当な行為を助長し、又は誘発するおそれがあるもの)に該当し、法2条5項[現7項]により保有個人データから除外される。このため、当該個人情報については、法24条に定める義務の対象とならず、当該個人情報取扱事業者の氏名又は名称、その利用目的、開示等の手続等について、公表等をする必要はない。
本人からの開示の求めの対象は、保有個人データであり、上記のとおり、事業者が保有する反社会的勢力の個人情報は保有個人データに該当しないことから、当該個人情報について、本人から開示を求められた場合、「当該保有個人データは存在しない」と回答することができる。
今回はここまでです。
【注】
[1] 【反社会的勢力排除条項の背景】 (参考) (1) 久保井 聡明「企業経営における反社会的勢力排除対策の現状と課題~久保井総合法律事務所新春講演会講演録」 2011年12月14日, 久保井総合法律事務所. (2) 阿部・井窪・片山法律事務所 (編集)「契約書作成の実務と書式 -- 企業実務家視点の雛形とその解説 第2版」 2019/9/24, 有斐閣, p 540.
[2] 【モデル条項】 警察庁「暴力団対策」(「不動産取引契約書の暴力団排除モデル条項・解説書」の項)、国土交通省「反社会的勢力排除のためのモデル条項について」
[3] 【反社会的勢力排除条項の要点】 (参考) 前掲阿部・井窪・片山 p 540, 541
[4] 【不動産業界のモデル条項】 (参考) 国土交通省「反社会的勢力排除のためのモデル条項について」
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【免責条項】
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(*) このシリーズでは, 読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし, そのような疑問・質問がありましたら, 以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが, 筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。
review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)
【筆者プロフィール】 浅井 敏雄 (あさい としお) 企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事 1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を米系・日本・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事, 国際取引法学会会員, IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員, CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe) 【発表論文・書籍一覧】 |
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