バス運転手遺族が逆転敗訴、「労災要件」について
2017/07/12 労務法務, 労働法全般, サービス
はじめに
脳出血で死亡した観光バスの運転手の遺族が労災認定を求めていた訴訟の控訴審で11日、東京高裁は労災と認めていた一審長野地裁判決を取消し、敗訴を言い渡しました。一審で認められた因果関係を一転否定しました。今回は労災の一種である業務上疾病の要件について見ていきます。
事件の概要
報道等によりますと、長野市の運輸会社で観光バス運転手をしていた当時42歳の男性は2008年8月にツアー客を乗せて栃木県日光市で大型バスを運転していました。男性は運転中にろれつが回らなくなり、左手が下がった状態に陥り、危険を察知した同乗のガイドがサイドブレーキを引いてバスを停止させました。男性は病院に搬送されましたが、同年11月に脳出血のため亡くなりました。男性の妻は長野労働基準監督署に遺族補償年金などの支給を求めましたが不支給とされました。男性の妻は脳出血で死亡したのは長時間の不規則業務が原因であるとして労災認定を求める訴えを長野地裁に提起しました。一審長野地裁は、男性が病院に搬送されるまでの約1ヶ月間は連続した休みがほとんど無く、疲労を回復できないまま働いていたと指摘し過重労働と疾病発症との間に強い関連性があるとして労災を認めました。
労災とは
労働災害(労災)とは、労働者が労務に従事したことによって被った負傷、疾病、死亡などを言います。労災にはまず原因で分けて、仕事による業務災害と、通勤による通勤災害があります。そしてさらに負傷と疾病に分けることができます。労災と認定されますと労働者は労災保険法に基づき療養補償給付や休業補償給付、障害補償給付などの給付を受けることができ、また遺族は遺族補償給付をうけることができます(12条の8)。
労災と会社の責任
労災認定がなされると上記給付などは国から労働者に支給されますが、使用者側にも法的責任が生じることがあります。まず安全配慮義務違反として労働者やその遺族に対し民事上の賠償責任を負うことがあります(民法415条、709条等)。さらに労働基準法や労働安全衛生法等の労働関係法令に基づいて行政処分や罰則をうけることや、刑法上の業務上過失致死傷に問われることも有りえます。
労災認定の要件
労働者が従事している業務が原因で病気を発症した場合は「業務上疾病」として労災認定がなされます。業務上疾病が認められるためには以下の3要件をみたす必要があります。
(1)労働の場における有害因子の存在
業務に業務上疾病を起こしうる有害な物理的因子や化学物質などが内在していることが必要です。具体的には病気の原因物質や病原体、身体に過度の負担がかかる作業等が存在していることです。
(2)健康障害を起こすほどの有害因子にさらされたこと
上記有害因子に健康障害を引き起こすに足りる程度さらされたと言えるかが必要です。労働者が有害因子にどれくらいの期間、どれだけの量を、どのようにさらされたのかという因子のばく露状況が重要となってきます。
(3)発症の経過・病態が医学的に妥当であること
業務上疾病は業務に内在する有害因子によるものであることから、有害因子にさらされた後に発症したものでなければならないとされております。業務疾病は有害因子にさらされて短期間で発症するものや、相当長期間を要するものなど、因子によって様々であることから発症時期の限定はありません。しかし有害因子の性質や労働者のばく露状況などから見て、医学的に相当であることが必要とされます。この点について判例は業務に存在する因子と疾病との間に「相当因果関係」の存在が認められるかで判断しているようです(最判平成12年7月17日)。
コメント
労働者に疾病が発生しても、その原因は様々なものが複合的に関与している場合が多くあります。たとえば既往の持病を抱えていた場合や、特殊な体質など必ずしも業務が原因とは言えない場合があります。上記判例の類似事例では長時間運転の末にクモ膜下出血を発症しましたが、加齢とともに生じた脳動脈瘤も存在しておりました。高裁はそれを重視し因果関係を否定しましたが、最高裁は常時緊張を伴う業務の性質、不規則で長時間の拘束時間、労働密度、時間外労働時間、動脈瘤自体の程度の軽さ等を総合的に考慮して相当因果関係を認めました。本件では一審で深夜に長時間乗客を乗せて運転する業務の性質、労働時間、休暇の少なさを考慮して「強い関連性」を認め労災としましたが、二審東京高裁は不規則な深夜勤務は認めましたが、予定の急な変更等は無く、また乗客の観光や食事時間の間は休憩できていたとして因果関係を否定しました。このように疾病による労働災害認定は様々な要素を総合的に判断することから、認められるかは微妙な判断を要すると言えます。従業員に疾病が生じた場合は、業務の性質、拘束時間、労働時間の不規則性、休暇の状況、本人固有の体質や病気の有無などを調査し、労災と言えるかを慎重に吟味することが重要と言えるでしょう。
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