名古屋地裁が棄却、「障害者の逸失利益」について
2019/02/26 訴訟対応, 民法・商法
はじめに
障害者施設での死亡事故を巡って遺族が損害賠償を求めていた訴訟で22日、名古屋地裁は請求を棄却していたことがわかりました。重度の障害者の逸失利益の有無が主な争点となっていたとされます。今回は損害額における逸失利益について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、愛知県内の障害者支援施設に入所していた男性(当時28歳)は2013年3月22日、施設から1キロほど離れたスーパーで陳列されていたドーナツを口に詰め込み窒息死したとされます。男性は先天性の自閉症とてんかんを患っており知的能力は2,3歳程度とされ、2006年7月から入所していたとのことです。事故当時、普段は施錠されている扉が開いておりそこから施設外に出たと見られており施設側の安全配慮義務と損害額が問題となっておりました。施設側は遺族側に1800万円の支払いを申し出ましたが、逸失利益が健常者の4分の1程度であったことから提訴に踏み切ったとされております。
損害額とは
民法709条によりますと、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」としています。具体的な損害額の算定方法は規定されておりませんが、一般的に損害とは①積極損害、②消極損害、③慰謝料等に過失割合に応じて控除したものとされております。積極損害とは治療費や入院費、葬式費用等、不法行為によって実際に生じた費用を指します。消極損害とはいわゆる逸失利益のことで、不法行為によって働くことができなくなり、本来得られたはずの賃金等が該当します。
逸失利益
上記のとおり、逸失利益とは得られたはずの利益を指しますがその算定は簡単ではありません。例えば就労者であればその人が生存したであろうと推定される年齢までの推定収入から生活費等を控除したものが逸失利益とされますが(大判大正2年10月20日)、未就労者の場合は、いわゆる賃金センサスとよばれる厚労省の「賃金構造基本統計調査」を基準に算定されることになります。未成年者や専業主婦などもこのように算定されることとなります。それでは障害者の場合はどのように算定されるのでしょうか。
逸失利益に関する裁判例
逸失利益の算定について判例は、あらゆる証拠資料を統合し、経験則を活用してできるかぎり蓋然性のある額を算出するよう務めるべきであり、客観的に相当程度の蓋然性をもって予測される収益の額に基づくべきとしています(最判昭和43年8月27日)。つまり生前得られていたであろうことに相当の「蓋然性」が求められます。つまり一般的には重度の障害者は将来、就労による利益を得る蓋然性が認められにくいため逸失利益は認めない運用がされていると言われております。しかしこの点、重度の知的障害をもった死亡当時6歳の男児について全労働者の平均賃金に基づき約1940万円の逸失利益を認めた裁判例も存在します(大阪地裁平成29年3月22日)。
コメント
本件で争点の一つとなっていた安全配慮義務については名古屋地裁は違反を否定しました。また逸失利益についてもこれまでの多くの裁判例同様に否定され請求が棄却されました。原告側が主張していた健常者と障害者の命の平等性については触れられておりません。このように日本における損害の算定は本来得られていたであろう利益が基準となります。そのため命の対価として考えた場合は健常者と障害者では著しい差が生じているのも現実です。しかし裁判所は長年このような算定方法を取っております。これが最も客観的な数字を出すのに合理的だからと思われます。万が一の事故に備え、法的な安全配慮義務の有無等だけでなく、実際の具体的な損害額の算定方法についても把握しておくことが重要と言えるでしょう。
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