部下ら引き抜きで約5000万円の賠償命令、「引き抜き行為」の適法性について
2022/02/18 コンプライアンス, 会社法
はじめに
コンサル大手「デロイトトーマツコンサルティング」(東京都)の元役員が転職先の競合他社に元部下を引き抜いたとして損害賠償を求められていた訴訟で16日、東京地裁が約5千万円の支払いを命じていたことがわかりました。背信的な引き抜きとのことです。今回は従業員の引き抜き行為の適法性について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、デロイト社の業務執行社員だった元役員は2018年に同社を退職した後、EYストラテジー・アンド・コンサルティングに移籍したとされます。その際元部下であった4人の従業員もEYストラテジー社に転職したとのことです。デロイト社は元役員に対し、違法な引き抜き工作をしたとして計約1億2千万円の損害賠償を求め提訴しておりました。元役員側は移籍の事実を元部下に告げただけで勧誘はしていないとし、またコンサル業界は人材の流動性が高く社員約2600人が在籍するデロイト社に与える影響は極めて小さいと反論していたとされます。
在職中の引き抜き行為
会社の従業員は職業選択の自由があることから、転職すること自体は原則として自由です。そのため会社に在職中の従業員が他の従業員に転職を勧誘することも原則として適法と言えます。ただし就業規則に競業避止義務を定めていたり、引き抜き行為自体を禁止している場合は懲戒処分の対象となったり債務不履行等の責任を負うこともありえます。また雇用契約に付随する忠実義務に違反する場合も考えられます。それでは取締役などの役員はどうでしょうか。取締役は会社法上会社に対して忠実義務を負っております(会社法355条)。そのため取締役などの役員が在職中に従業員を引き抜こうとする行為は原則として忠実義務に違反し、債務不履行や不法行為となる可能性があると言えます。
退職後の引き抜き行為
上記のように従業員は在職中は雇用契約上の付随義務である忠実義務を負っていると言えますが、退職後はこれもなくなることから忠実義務違反となることないと言えます。企業によっては退職後も競業避止義務を課す場合がありますが、それも合理的な範囲に留まることから退職後の引き抜き行為を完全に防止することはできないと考えられます。取締役などの役員も同様に退職後は会社に対する忠実義務は負わないことから原則として引き抜き行為は適法と言えます。ただし企業の顧客情報や企業秘密などを引き抜きと同時に行わせるといった場合は不正競争防止法違反や不法行為などに該当することもありえると言われております。
引き抜き行為に関する裁判例
従業員の引き抜き行為に関して裁判所は、単なる転職の勧誘にとどまる場合や、企業の正当な利益を侵害しないように配慮がなされている限り違法となるものではないとしつつ、企業に移籍計画を秘匿して、大量に従業員を引き抜くなど単なる勧誘の範囲を超えて著しく背信的な方法で行われ、社会的相当性を逸脱した場合は債務不履行ないし不法行為となるとしております。そしてその判断にあたっては、引き抜かれた従業員の地位や人数、会社に及ぼす影響、勧誘方法・態様など諸般の事情を考慮するとしております(大阪地裁平成14年9月11日)。そして相当性を逸脱した引き抜き行為は就業規則や競業避止義務違反による債務不履行責任だけでなく、懲戒処分としての懲戒解雇も認められる場合があるとしております(名古屋地裁昭和63年3月4日)。逆に違法性が認められなかった例として、勧誘後、従業員が自主的に退職した場合や、普段から会社に不満を持っていた従業員が勧誘を契機に転職した場合などがあります(大阪地裁平成元年12月5日、東京地裁平成20年10月28日等)。
コメント
本件で東京地裁は、被告の元役員がプライベートメールを使うなどして複数の従業員を秘密裏に勧誘したこと、転職後の給与額や配属先を確約するなど働きかけが極めて強かったこと、またデロイト社での勤務に不安を抱かせる目的で同社を批判する記事をネットに掲載することに加担したことなども認め、社会的相当性を逸脱した背信的な引き抜き行為としました。以上のように引き抜き行為は、単にそれだけでは原則として違法とはなりませんが、その方法や会社への影響の度合いなどから社会的相当性を逸脱している場合は違法となります。そのため就業規則に競業避止義務を定めたり、また退職時に誓約書を取っても一定の範囲では抑止力になると考えられますが、完全に防ぐことは難しいと言えます。どのような場合に違法な引き抜きになるかを周知しつつ、従業員の自社に対する不満が発生していないかを注意していくことが重要と言えるでしょう。
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