KADOKAWAガバナンス検証委員会、五輪汚職関連事件の報告書を公表
2023/01/27 コンプライアンス, 会社法, 刑事法
はじめに
株式会社KADOKAWAは、1月23日、東京オリンピック・パラリンピックのスポンサー契約をめぐる汚職事件に関する報告書を公表しました。同事件をめぐっては、KADOKAWAの前会長・角川歴彦被告が贈賄の罪で起訴されています。KADOKAWAはこの事件を受け、2022年8月、外部の弁護士などで構成された検証委員会を設置、今回の報告書の公表となりました。
報告書の中では、この事件を止められなかった理由の一つとして「上席者(とりわけ会長)の意向への過度の忖度とそれを醸成する企業風土があったものと思料する」と明示されています。
事件の経緯
前会長である角川被告は、KADOKAWAが大会スポンサーに選定されるよう大会組織委員会の理事だった高橋治之被告に便宜を図ってもらい、その謝礼として総額6900万円の賄賂を渡した容疑で起訴されています。賄賂は元理事の知人の会社とのコンサル契約料の名目で支払いをされたとされています。
報告書の中では、高橋理事からの提案として、「通常、スポンサーになる際の金額が約10億円であるところ、半額の5億円にする」などの話を受けていたことや、社長が支払いなどに違和感を覚えつつも、会長の了承を確認していたことから否定的な意見を持たなかったことなどが記されています。また、知財法務部が相談した顧問弁護士から、贈賄罪への該当可能性、及び「非常に怪しい状況であり何をどこまでやればシロになるということにはならない」といった指摘を受けたことも明かされています。
さらに、角川会長をはじめ社長・専務執行役員も、高橋理事側からの提案の内容を認識した上で、コンサル会社との契約締結に関し、問題提起や確認行動をとっていなかったと記されています。提案を受けてから支払いまでの一連の行為が実質的に経営トップの意思により行われ、少なくとも経営トップが問題を認識したり、検証する時間があったにもかかわらず看過されたことがわかります。
なぜ止められなかったのか
会長への過度な忖度があったことや、それを醸成する企業風土があった、という厳しい言葉が並ぶ報告書。
「会長の不明瞭な職務権限及び実質的な人事権に起因した忖度によるところも大きかったものと思われる。」と、会長の意図に反対すると、人事での不利益があるという意識が背景にあったと指摘されています。
また、検証委員会が事実関係を調査する中で、「会長が了承している」という言葉が何度も登場しています。そうした言葉が差し止めや発覚の遅れにつながったと結論づけています。
ただし、こうした言葉は、前会長から具体的に発された訳ではなく、強く圧力をかけていた事実も認められなかったということです。社長はじめ、前会長の周りにいる人々が、それぞれの解釈でそのように受け止め、心理的に抵抗をやめたと見られています。
創業一族として長年リーダーシップを発揮してきた前会長にいかに力が集中していたのかを物語っているように見えます。
さらに、知財法務部から「高橋理事は『みなし公務員』に当たり、贈賄罪などに該当するリスクがある」という指摘が繰り返しあったにもかかわらず、契約が締結され支払いが行われてしまった要因としては、法令遵守意識が低く、経営理念等が浸透していなかったことが考えられるとしています。
改善策
今回の事件を契機に、KADOKAWAとして、明確な意思決定ルールを持つ企業組織へと生まれ変わることが必要となります。それは、「会長了解済み」「会長案件」という言葉が魔法のような効果を発揮する組織からの脱却でもあると報告書では語ります。
その上で、全社的に意識変革を行い、風通しの良い組織に移行するための対策として、以下が挙げられています。
① 規程の明確化
② 正当な権限者が権限を持つこと
③ 特定者に対する忖度の根絶
④ 人事制度の見直し
⑤ 取締役会の監督機能への信頼の獲得
⑥ 監査部門の監査体制強化
調査報告書では、企業理念は「実質的に浸透していたものではない」と述べられています。企業が会社で持続的に受け入れられ、発展していくために、会社の価値観や良識に適合して事業を行う姿勢が必要だったとした上で、今後は、理念を定めることで企業価値の向上という目的のためだけでなく、役職員に自分の仕事に対する誇りや尊厳をもたらすような存在とすると明記しています。
さらに、意思決定の際には非公式な会合は行わないことや取締役会の監督機能の再構築を行い役員同士で互いを監視し合うことなども報告書に盛り込まれました。
また、牽制機能の構築として報告ルールの徹底や決裁手続きの整備を進めるなど、「止められる」組織を目指す姿勢を見せています。
今回、贈賄を指摘していたにも関わらず、事態を止められなかった知財法務部ですが、これまで、「知財法務部は、事業を推進するために存在するのでありストップする機能はない」という認識を一部から持たれていたということです。一方でそうした根拠は全くないため、今後は知財法務部門の役割の明確化をしていき、法令遵守のチェックをどのように効果的に機能させていくのかに焦点を当てていくとしています。具体的には、
・適法性に疑問を持った場合には稟議申請書に法務部門の意見や法的意見を添え、稟議決裁者に適切な判断をあおぐこと。
・その上で、法務部としても、とるべきリスクと、そうではないリスクを見極めること。
・仮にリスクが大きすぎると判断された場合には、稟議決裁権者だけでなく、コンプライアンス委員会や監査等委員会、社長などにも報告をあげて、阻止すること。
など、知財法務部のチェック機能を高める動きを進めるということです。
コメント
創業者一族が経営する、いわゆる「同族経営の会社」は上場企業の約半数を占めるともいわれています。同族経営は、家族や親族同士という繋がりから来る信頼をベースに、経営陣が一枚岩となってスピーディーかつ安定的に事業を展開し業績を伸ばせる側面があります。その一方で、今回のように、法令や社内ルールの遵守意識の後退、トップの誤った判断の是正機能の喪失、取締役会の監督機能不全などのガバナンスの問題が指摘されるケースが少なくありません。
近年、“ビジネスを推進できる法務”の必要性が叫ばれていますが、同族経営の弊害なのか、KADOKAWAでは、それが度を越えて「知財法務部は、事業を推進するために存在するのでありストップする機能はない」と認識されていたことは大きな驚きです。
いずれか一辺倒ではなく、「ビジネスのブレーキとアクセルを適切に使い分ける」ところに法務の価値があるのだと、改めて痛感する事件となりました。
【関連リンク】
KADOKAWA 調査報告書(公表版)
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