アパホテル、転落死事故で賠償命令
2023/03/08 コンプライアンス
はじめに
2019年8月、大阪市にあるアパホテルの22階の部屋から、宿泊していた男性会社員が転落死する事故がありました。
遺族側は、転落はホテル側が転落防止措置を怠ったため起きたとして、アパホテル株式会社に対して合わせて約1億3100万円の損害賠償を求めていました。東京地方裁判所は、2月27日、アパホテル側の安全不備を認め、合わせて約1780万円の賠償を命じました。
訴訟までの経緯
報道などによりますと、宿泊客だった男性は2019年8月、出張でアパホテルを利用。宿泊中、男性は誤っておよそ60メートル下の歩道上に転落、出血性ショックで死亡したということです。
部屋の窓が全開になり、外のバルコニーにスマートフォンが残されていたこと、男性のスマートフォンにバルコニーから撮影した風景写真が残っていたことなどから、窓の外の風景を撮影しようとした際に、外のバルコニーに落としたスマートフォンを拾おうとして誤って転落したとみられています。
火災などの非常時の避難場所となっていた、バルコニー。しかし、そこに設置されていた金属製の柵の高さは72センチで、建築基準法施行令第126条1項が定める「1.1メートル以上」という基準をおよそ40センチ下回っていたということです。
アパホテル側は、この点、今回のバルコニーは避難経路の用に供するもので、非常時以外の人の立ち入りを想定していない場所であることから、施行令の基準は適用されないと主張していました。
これに対し、東京地裁は、「転落防止措置は、非常時にのみ立ち入る場所でも変わらず求められる」としたうえで、「高さ72センチの柵以外に転落防止措置がなかった」事実を指摘。「切迫した状況と、避難者の不安定な心理状態に鑑みて転落の危険性が高い」として、アパホテル側に安全管理の瑕疵があったとしました。
一方で男性の過失もあったとして賠償額が減額されています。
報道によりますと、アパホテル側は「今回のバルコニーは、大阪市の防災指導基準に基づき設置された“一時避難場所”で、“建築基準法上のバルコニー”ではない」として、控訴を予定しているとのことです。
建築基準法について
建築基準法とは、建物の建築や利用にあたり遵守する法律で安全で安心な生活を送れることを目的としています。
立てる建物が、一軒家の自宅なのか、工場なのか、宿泊施設やマンション、ビルなのかにより適用される法律や条例などは異なりますが、建設に際しては、建築基準法の他に消防法、都市計画法、その他市町村で定める自治体の条例など、さまざまなルールを守る必要があります。
これらのルールを守らずに建てられた建物は違法建築物として、ときに罰則が科せられます。
例えば、大規模な建築工事に関して不適切な建築を行った場合などは3年以下の懲役または300万円以下の罰金が科せられます。
また、違法行為の主体が法人であった場合、1億円の罰金が科せられるケースもあります。
バルコニーに関する建築基準法
では、建築基準法上、バルコニーに関してはどのように定められているのでしょうか。
まず冒頭でも触れたとおり、建築基準法において、2階以上の階にあるバルコニーには、高さ1.1m以上の手すり、または柵を設けなければならないという規定があります。
建築基準法施行令第126条1項
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例えば階数が3以上ある建築物や、延べ面積が1000㎡を超える建築物などが該当します。さらに、避難はしご等の避難器具が設置されている「避難上有効なバルコニー」にも1.1m以上の手摺りが必要となります。
一方で、バルコニーに足をかけられる段差がある場合、自治体によって、足をかける段差(足がかり)を含めるかどうかなど、手すりの算出方法が異なる場合があります。どちらにしても誤って身を乗り出し、転落をしないような設計を心がける必要があります。
過去の判例は
過去の手すりや柵に関する判例を1つ紹介します。
■アパートからの転落死事故での損害賠償請求
洗濯物を干していた女性が転落死した事案です。2階建アパートに暮らしていた女性の部屋には窓がありましたが、物干し金具はその窓の外に取り付けてあったといいます。この窓(以下、「本件窓」)は床から窓の下までの高さが約73cmで、手すりはありませんでした。
建築基準法上、腰高73cmの場合には窓に手すりを設置する義務は課されておらず、したがって建築基準法に照らせば、本件窓は違法ではありませんでした。
しかし、女性は、洗濯物を干すためには、本件窓から身を乗り出して干す必要があり、あるとき誤って転落し亡くなりました。
被害者の遺族は、アパートのオーナーに対し、転落した窓に手すりがないことは安全性を欠いているとして、損害賠償を請求しました。
この請求に対し、福岡高等裁判所は、「建築基準法上、本件窓のケースでは手すりを設置する義務は課しておらず、したがって建築基準法に照らせば違法ではない」として、「窓に手すりがないこと自体は欠陥ではない」という見解を示しました。
その一方で、「安全性の欠如(瑕疵)はなく、賠償責任は生じない」とはなりませんでした。すなわち、裁判所は建築基準法等の建築関連法令に違反していなくても、実際の使われ方に対して“安全”といえるかに着目しました。
というのも、女性は普段から部屋の窓から身を乗り出して洗濯物を干していましたが、窓の外にある竿受け金具がさびて使いにくくなっていたことなどから、裁判所は「一定程度の危険性があったことは否めない」として、転落防止という観点で安全性が十分なものでなかったと指摘したのです。
最終的に、福岡高裁は「通常有すべき安全性の欠如」、いわゆる工作物の設置・保存の瑕疵があるとして、アパートオーナー側の責任を認めました。
コメント
今回、問題となった「バルコニー」。アパホテル側としては、この判決が確定した場合、同社が全国に展開している複数のホテルの改修が必要になる可能性があります。その場合、費用面はもちろんのこと、改修中の騒音・作業員の立ち入りなどで客室の稼働数にも影響が出るおそれがあります。
部屋を小さくし、節水シャワーを導入するなど徹底した効率性の重視により、圧倒的な利益率の高さを誇るアパホテル。結果論になりますが、ホテルの建築段階で、バルコニー(アパホテルの言う“一時避難場所”)に転落防止措置を講じていれば、大切な人命を救えたと共に、稼働中のホテルを追加で改修するよりもコスト面を大きく下げられたと考えられます。
どのような経緯で、今回のバルコニーの手すりの高さ等が社内決定されたのかは明らかになっていませんが、相談が上がって来ないことには、法務としてもリスクを検討・指摘することが出来ません。
現場で判断すべきこと、法務に相談すべきことの線引きは難しいですが、法務に適切に相談が集まって来る体制を作ることの重要性を改めて痛感する判決となりました。
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