特養老人ホームでのパン誤嚥死事故、施設側に2490万円の賠償命令
2023/08/10 訴訟対応, 民法・商法, 行政法, 介護業界
はじめに
2021年11月に名古屋市の特別養護老人ホームで起きた入所者男性の誤嚥死事故。名古屋地方裁判所は8月7日、施設側に安全配慮義務違反があったとして、遺族に対し約2500万円の損害賠償を支払うよう命じました。
“危険性認識できたと、”施設側敗訴
報道などによりますと、パーキンソン病を患い、要介護認定を受けて特別養護老人ホームに入所していた当時88歳だった男性は2021年11月朝食で提供されたロールパンを食べていたところ、喉に詰まらせたということです。男性は病院に搬送されましたが、その後、病院で死亡が確認されたということです。男性は亡くなる約1か月前にもロールパンを喉に詰まらせていたといいます。
こうしたことから、遺族側は男性がパンを誤嚥し死亡したのは、施設の職員らが見守りを怠ったことが原因だとして、施設側を相手どり、合わせて約2960万円の損害賠償を求め名古屋地裁に提訴していました。
裁判で施設側は「男性は自分で食べることができたので、常に見守る義務はなかった」と主張。しかし、名古屋地方裁判所は、
・男性が亡くなる1ヶ月半前にも朝食を喉に詰まらせ、むせ込んだことがあったこと
・介護記録には、上記事実が記載されていなかったこと
などを挙げ、これまでと同じ態様で食事を提供すれば、より重篤な結果が生じる危険性を認識できたとしました。
そのうえで、介護記録の記載などから、施設内で十分な情報共有や原因分析がされなかったことが伺われると、施設側の過失を認定し、2490万円を支払うよう命じています。
特養ホームでの誤嚥死訴訟は他にも・・
特別養護老人ホームをめぐっては、過去にも同様の訴訟が発生しています。
特別養護老人ホームに入所していた当時81歳の女性が食べ物を喉につまらせて死亡したことを受け、遺族は施設に対して合わせて約3550万円の損害賠償を求めて訴えた事案。
裁判所は施設側の注意義務違反を認定し、合わせて約1370万円の支払いを命じています。
この事案においても、女性は亡くなる前から食事をかき込んで食べていて、たびたび嘔吐するなどしていたということです。
裁判所は「吐いた食べ物で窒息する危険性を予見できた」と述べ、女性が食事する際は見守る必要があったものの、職員が目を離したことで女性が亡くなったと認定しました。
介護事故で生じる企業側の責任とは
介護事故が発生すると、施設を運営する事業者などに、行政上・刑事上・民事上の責任が生じる可能性があります。
■行政責任
許認可の取消し、業務改善命令、業務停止などの行政処分を受ける可能性があります。
また、場合によっては、地方公共団体からの指定の取消しや効力停止などとなる恐れがあります。
■刑事責任
施設の職員の過失で利用者が死亡・負傷するなどした場合、職員は業務上過失致死傷罪に問われる可能性があります。
(5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金)
また、事故に対し、施設側にも過失が認められる場合(職員に対して負荷の高い勤務体制を強いていたなど)には企業側の責任も追及されます。
場合によっては、業務上過失致死傷罪が成立するケースもあります。
■民事責任
今回の訴訟でも争点となった“安全配慮義務違反”は、民事責任の一つとして取り上げられます。
この安全配慮義務違反は、事故を予見・回避できたのにも関わらず、予防対策をとらなかったことで成立します。
そして、特養ホームの安全配慮義務の範囲は誤嚥予防にとどまらず、転倒防止なども含まれます。
例えば、施設内の特定エリアで何度も怪我や転倒が起きていたのに防止措置を講じずにいたことで、事故が発生したようなケースでは安全配慮義務違反に問われるおそれがあります。
もっとも、利用者を安全な場所に移動させたにも関わらず、少しの間目を離した際に利用者がたまたまそこへ行ってしまい、怪我をしたケースなど、施設側がしっかりと防止策を講じていたり、怪我の予測が難しい場合などには安全配慮義務違反が否定される可能性があります。
それだけ、安全配慮義務違反の有無の判断は難しいといえます。
コメント
高齢化社会が加速する日本。平成元年には150程度だった有料老人ホームの数は、令和元年時点で1万4千施設を超えており、今後も増加が見込まれます。新しく介護業界に参入する企業もある中、入所者の生命・身体を守るミッションにどのように向き合うかが重要になります。
一方、厚生労働省が発表した「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数」によると、2025年度まで毎年5万人超の介護職人材不足が発生するといわれており、人材不足は深刻です。
施設として安全配慮義務を果たすため、施設の安全面の定期的なチェックや、職員への啓発活動の徹底はもちろんのこと、テクノロジー等の活用により職員の業務負荷を下げ、より安全配慮にパワーを割ける体制を敷く必要がありそうです。
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