元社員らが未払賃金の回収のため会社財産を差し押さえ/先取特権とは
2024/06/18   労務法務, 債権回収・与信管理, 民法・商法

はじめに

 福岡県などの元会社員3人が、未払賃金を回収するため、勤務先の会社の財産を差し押さえていたことがわかりました。雇用形態も正社員から業務委託に切り替えられていたとのことです。今回は給与債権などに認められる先取特権について見ていきます。

 

事案の概要

 西日本新聞の報道によりますと、東京の市場調査会社に所属し、福岡県や関西などでフルリモート勤務をしていた元社員3人は、今年1月中旬に、「1月末の支払いの給与は、入金の都合で数ヶ月遅延します。2~4月末の支払いも数ヶ月遅延します」と社長から説明されたとされます。また経営不振を理由に、2月以降は正社員から業務委託契約に切り替え、同意しないと自己都合退職か解雇にするとも通告されたとのことです。実際に1月末、2月末の給与の支払は無く、元社員らは3月中旬に先取特権に基づく会社財産の差し押さえを東京地裁に申し立てたとされます。

 

先取特権とは

 民法には先取特権と呼ばれる担保権が規定されております(民法303条等)。抵当権や質権が債権者と設定者との契約によって設定される、いわゆる約定担保物権であるのに対し、先取特権はそのような約定は必要なく、法律により自動的に発生する法定担保物件です。通常債務者に対して複数の債権者が存在し、すべての債権を満足させることができない場合は、原則としてそれぞれの債権額に応じて平等に債務者の財産が換価され配当されることとなります。しかし先取特権が認められる場合は他の債権者に優先して弁済されることとなります。先取特権は大きく、一般先取特権と特別の先取特権に分けられます。特別の先取特権は特定の動産や不動産に関する取引等で発生します。例えば不動産を新築したり、不動産の保存工事をした場合には、当該不動産に先取特権が発生します。また建物賃借人が賃貸物件に持ち込んだ動産に対して先取特権が発生したりします。

 

一般先取特権

 一般先取特権は、(1)共益費用、(2)雇用関係、(3)葬式費用、(4)日用品供給に関して発生することとなります(306条)。共益費用とは、各債権者の共同の利益となるもので、強制執行費用などが典型例です。雇用関係は労働者の給与や退職金などが挙げられます。そして日用品供給は人間の日常生活に必要な水道や光熱費などです。これは個人債務者の日常生活を保護することが目的であるため、債務者が法人の場合は除外されます。抵当権などの約定担保物権や特別の先取特権が特定の不動産や動産の上に発生するのに対し、一般先取特権は債務者の総財産の上に生じます。しかし特定の不動産に一般先取特権保存の登記をすることは可能です。一般先取特権相互間の優劣は上の番号順となっております。

 

一般先取特権の実行

 債権者が債務者から強制的に債権を回収するには、通常、債務者の財産に仮差押等を行いつつ裁判所に訴えて、判決や和解調書などを得て強制執行し、換価、配当を得ることとなります。この強制執行の際の判決や和解調書を債務名義と良い、原則としてこれがなければ強制的に債権を回収することができません。従来は先取特権についても同様でしたが、現在では民事執行法の改正により、判決の代わりに先取特権の存在を証明する文書で強制執行が可能となっております(民事執行法181条1項4号)。つまり雇用関係や未払賃金等が存在することを証拠で証明できる場合は訴訟を提起せずに債権の回収ができるということです。なお抵当権や質権などの約定担保物権を設定し登記している場合も、登記事項証明書を提出して強制競売の申し立てを行うこととなります。

 

コメント

 本件で元社員の3人は、弁護士の助言のもと労働条件通知書や出勤記録、給料明細、未払を示す銀行口座の記録などを集め、3月中旬に東京地裁に申し立てし、2週間程度で認められ、給与債権を回収できたとのことです。以上のように従業員の給与や退職金については民法上、先取特権の対象となっております。これは特に抵当などがなくとも法律で強制的に他の債権よりも保護されているということです。また現在では、厳格な証明を要するものの訴訟によらずに短期間で先取特権の実行が可能となっております。自社が経営不振であることなどを理由として賃金の支払いを遅延していた場合、従業員から会社の預金などの財産が差し押さえられるという事態に陥ることもありえます。資金繰りが厳しい時こそ、賃金支払いが滞らないよう注意することが重要と言えるでしょう。

 

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