旧優生保護法訴訟で政府が主張取下げへ、除斥期間とは
2024/07/18   訴訟対応, 民事訴訟法

はじめに

旧優生保護法は憲法に違反するとした最高裁判決を受け、岸田総理は他の同様の裁判で除斥期間の主張を取り下げると表明しました。和解による解決を目指すとのことです。今回は時効と除斥期間について見ていきます。

 

事案の概要

 旧優生保護法は1948年に制定された法律で、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止することなどを目的とし、遺伝子疾患などがある場合は本人の同意を得て不妊手術ができるとしておりました。また医師が「公益上必要」と判断した場合は本人の同意なしに手術の審査を申請することができ、強制不妊手術も可能となっており、1952年にはその範囲も精神疾患にまで拡大されました。国会の発表では同法による不妊手術は少なくとも約2万5000件が行われていたとされ、多くの被害者が国に対し損害賠償を求め提訴しておりました。そして先日最高裁は、旧優生保護法は生殖能力の喪失という重大な擬制を求めるもので、個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反し憲法13条に及び14条に違反するとしました。また除斥期間についても、請求権が消滅したとして国が賠償責任を免れることは著しく正義・公平の理念に反するとしました。

 

消滅時効と除斥期間

 時効とは一定の期間が経過することによって権利を取得したり、または権利を失うという制度を言います。民法166条1項によりますと、債権は(1)債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、または(2)権利を行使することができる時から10年間行使しないときには時効によって消滅するとしております。これを消滅時効と言います。これに似た制度として除斥期間というものも存在します。除斥期間も一定期間権利を行使しないことにより権利が消滅するというものですが、消滅時効とはいくつかの点で相違があります。除斥期間の例としては、占有の訴えの行使期間(201条1項、3項)、賃貸借において借り主が契約の本旨に反する使用をした場合の返還後の償還請求期間(600条1項)などが挙げられます。また改正前の不法行為損害賠償請求の、不法行為時から20年という期間もかつては除斥期間と考えられておりましたが、現行法では消滅時効とされております(724条2号)。

 

消滅時効と除斥期間の違い

 消滅時効と除斥期間はいずれも一定期間権利を行使しないことにより権利を消滅させるという制度ですが、上でも触れたようにいくつかの違いが存在します。まず一番大きな違いとして消滅時効には更新や完成猶予(旧中断)がありますが、除斥期間にはそれらはありません。時効は更新すればそれまで経過してきた期間は効力を失い、また新たに期間が進行していくこととなりますが、除斥期間では期間の進行が中断することはありません。次に消滅時効は完成による権利消滅の効力が起算日まで遡ることとなりますが(144条)、除斥期間にはそのような遡及効はありません。そして消滅時効の効力は、時効によって利益を受ける者が時効の利益を受ける旨の意思表示(援用)をして初めて発生するのに対し(145条)、除斥期間は期間の経過によって当然に権利消滅の効果が発生するとされております。

 

除斥期間に関する判例

 上述のように消滅時効は権利者による援用があって初めて効果を生じます。その権利行使は場合によっては権利濫用や信義則違反によって排除されることもありえます。しかし一方で除斥期間にはそのような援用は必要なく、権利濫用や信義則で排除することができません。そこで判例は除斥期間内に権利行使ができなかった場合でも特段の事情がある場合には除斥期間経過による効果を排除している例がいくつか見られます。まず不法行為の被害者が、20年を経過する前6ヶ月に不法行為を原因として心神喪失の状態に陥り、かつ法定代理人がいなかった場合に、その後禁治産宣告(現成年後見)を受け、後見人が就職して6ヶ月以内に損害賠償請求を行うなど特段の事情がある場合は158条の法意に照らして除斥期間の効果を排除しております(最判平成10年6月12日)。次に加害者によって死体が隠匿され、それによって被害者遺族の賠償請求が遅れた場合に、加害者が殊更に作り出した状況によって被害者相続人が被害を知ることができなかったなどの場合は160条の法意に照らして除斥期間の効果を排除しております(最判平成21年4月28日)。

 

コメント

 本件で最高裁は旧優生保護法が違憲である示しただけでなく、除斥期間の経過によって国が賠償責任を免れることは著しく正義・公平の理念に反し容認できないとし除斥期間の効果を排除しました。またこれを受け、総理は他の同様の訴訟でも除斥期間による権利消滅の主張を取り下げるとしました。これにより被害者への補償などの救済が進みやすくなるものと考えられます。以上のように民法では消滅時効の他に除斥期間という権利消滅の制度が存在します。不法行為で20年という除斥期間は民法改正によって消滅時効に改められましたが、除斥期間自体はそれ以外にも残存しております。そしてやはり除斥期間が裁判で排除されることは依然として稀なケースと言えます。どのような場合に、どれくらいの時間経過で権利が消滅するのか、またどのように対応すべきかを確認し、準備しておくことが重要と言えるでしょう。

 

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