永森氏等の記事で東洋経済新報に賠償命令、名誉毀損の民事責任について
2024/08/08 コンプライアンス, 訴訟対応, 刑事法
はじめに
モーター大手「ニデック」(旧日本電産 京都市)と創業者の永守氏がウェブ記事で名誉を傷つけられたとして、東洋経済新報社に計2200万円の損害賠償を求めていた訴訟で東京地裁は6日、計605万円の支払いを命じました。記事の内容は真実ではないとのことです。今回は名誉毀損の民事上の責任と要件について見直していきます。
事案の概要
報道などによりますと、東洋経済新報社は2022年10月の東洋経済オンラインで、永守氏が未公表の重要事実を知りながら自社株買いを指示していたインサイダー取引の疑いがあるとの記事を掲載したとされます。これに対しニデック社と永守氏は東洋経済新報社と執筆した記者らに計2200万円の損害賠償を求め東京地裁に提訴しておりました。一方、東洋経済新報社側は関係者への取材や内部資料を入手して真実と信じる理由があったと反論しておりました。
名誉毀損と民事責任
近年、SNSや口コミサイトなどで特定個人や法人に対し誹謗中傷するコメントを投稿したり、社会的評価を低下させるような記事を掲載されるといった事例が増えております。このような行為は名誉毀損に該当する可能性があります。それでは名誉毀損とはどのようなものなのでしょうか。刑法230条1項では、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する」とされております。この要件は民事の場合でおほぼ同様とされております。このように刑法上の名誉毀損罪は事実の摘示が重要な要件となっており、この事実の摘示が無い場合は名誉毀損ではなく侮辱罪に該当する可能性があります(刑法231条)。しかし一方で民事の場合は事実を摘示しない場合でも名誉毀損に該当する場合があります。それが意見論評型と呼ばれるものです。具体的な事実は摘示せず、たとえば「あのレストランの料理は不味い」といった書き込みなどが挙げられます。
名誉毀損の要件
名誉毀損の要件は一般に、(1)公然、(2)事実の摘示、(3)人の名誉を毀損の3つとされます。公然とは不特定または多数の者が認識しうる状態を指すと言われております。インターネットの掲示板やSNSに書き込むこと、記事を配信することはもとより、数人が出席した会合で話したりすることや、文書を特定の人に郵送することも該当し得るとされております。事実の摘示とは、人の社会的評価を害するに足りる事実を摘示することとされており、例えば「○○は前科がある」「○○は不倫をしている」といったものが挙げられます。そして人の名誉を毀損するとは、人の社会的評価が低下させるおそれがある状態を生じさせることとされております。これは実際に社会的評価が下がる必要はなく、その可能性で足りるということです。
違法性阻却事由
刑法230条の2では、名誉毀損の要件に該当する場合でも、それが「公共の利害に関する事実に係り」かつ「その目的が専ら公益を図ることにあった」と認める場合には、「真実であることの証明があったとき」はこれを罰しないとしております。これは民事でも同様に適用があるとされております(最判昭和41年6月23日)。つまり公共性、公益目的、真実性が満たされた場合は違法性がなくなるということです。公共性とは多数の人の社会的利害に関係する事実で、その事実に関心をよせることが社会的に正当と認められるものとされます。そして公共性が認められる場合は原則として公益目的も認められますが、嫌がらせや復讐のためといった場合は認められないこととなります。そして真実であることが必要ですが、仮に真実でなかった場合でも、確実な資料・根拠に基づき真実だと誤信した場合も名誉毀損は成立しなくなります。
コメント
本件で東京地裁は、永守氏にインサイダー取引に当たる行為はなかったと認定し、記事の作成に当たり法令の規制などを正確に理解していたとは評価できないと指摘、ニデック社に330万円、永守氏に275万円の賠償を命じました。摘示した事実の真実性も、また確実な資料・根拠に基づく誤信であることも証明できなかったものと考えられます。以上のように名誉毀損訴訟では真実性の有無が主な争点となってきます。また刑事では通常侮辱罪に当たる行為も民事では名誉毀損の一類型として扱われます。自社が被害を受けた場合も、また自社が訴えられた場合についても、名誉毀損の要件や違法性が阻却される要件についてもあらかじめ把握し周知しておくことが重要と言えるでしょう。
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