藻安瀬（もあせ）部長の法務日記「一瞬の出来心が…の巻②」
2011/12/20   コンプライアンス, 民法・商法, その他

登場人物
藻安瀬　零（もあせ　れい　４５才　男性　モアセレ商事法務部部長　本編の主人公）

恩名仁　飢太（おんなに　うえた　３１才　男性　モアセレ商事法務部所属　仕事はできるが酒癖が悪いことで有名）
　
瀬久原　よしみ（せくはら　よしみ　２３才　女性　モアセレ商事の新入社員）

宇礼内　散太（うれない　さんた　４６才　男性　モアセレ商事営業部長）

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前回の続き

私（藻安瀬）は、恩名仁と忘年会の会場「法夢処」に到着した。この法夢処とは、刺身や寿司といった海鮮料理が有名な居酒屋だ。

多少薄暗いが、至る所にある小さな灯りがどこか穏やかで大人の落ち着いた雰囲気を醸し出している。

店に入ると、一番奥の大部屋に、２０人ほどの社員が既に到着していた。

皆それぞれ他愛のない話で盛り上がっている。

恩名仁と空いている席に座ると、正面に見慣れない若い女性の姿があった。

「はじめまして、瀬久原と申します。」

元気な声で挨拶するこの女性こそが、瀬久原　よしみ。
今年大学を卒業してモアセレ商事に入社した新入社員だ。
痩身でメガネをかけた、どこか知的な香りのする女性で、社交的で礼儀正しい性格から男子社員の人気が高かった。

「法務部の藻安瀬です」
「同じく法務部の恩名仁です。」

ありきたりな自己紹介を済ませると、忘年会が始まった。
机の上には、ビールや日本酒、ハイボールといった酒や、刺身などの海鮮料理が並んでいる。

しばらく食事を楽しんでいると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「藻安瀬じゃないか。相変わらずハイボールか。こっち来いよ」

振り返ると、そこには宇礼内の姿があった。

宇礼内は、私と同期で、今ではモアセレ商事の営業部長として活躍している。
同期ということもあり、よく互いに相談をしていたものの、忙しさのためかここ数年飲みに行く機会がなかった。

「藻安瀬、ちょっと太ったな、アハハ。もう歳だな」
久しぶりの飲みということもあり、宇礼内の近くの席へ移動した。

しばらく宇礼内との会話を楽しんでいると、事件が起きた。

「もうやめてよ！！いい加減にして！！」
後ろから瀬久原の怒号が響いた。

あまりの大声に、皆黙りこんでしまった。

「しまった、また恩名仁か」

なにかこう、焦る気持ちを抑えながら元の席に戻ると、瀬久原が頬を紅潮させ、ものすごい形相で恩名仁を睨みつけていた。
手には拳が握られており、一見して怒りを抑えているのが分かった。

「恩名仁、これはどういうことだ」

「いや、部長。後輩と女の好みについて話していたら瀬久原さんが急に怒り出して」

恩名仁によると、後輩社員と好みの女性に関する話になり、容姿や身体的特長、過去の性体験について大声で話していたというのだ。

恩名仁とその後輩社員がどんな話をしていたか。
その詳細はここでは書けない。書きたくない。
それほどに卑猥な内容であった。

瀬久原：「セクハラです！訴えますからね」
恩名仁：「別に瀬久原さんに触ったわけでもないでしょう。確かにちょっとあれだったかもしれないですけど、後輩と話しただけじゃないですか。」

私は思わず２人の口論に割って入った。
「恩名仁、いい加減落ち着け。瀬久原に触っていなかったからセクハラでないという言い分は通じないぞ。性的な言動をして周りの人を不快にさせることもセクハラになる。会社の勉強会で教わらなかったか？」
恩名仁「そ、そうなんですか。忘れてました。すいません。」

この事件の数日後、恩名仁は居づらくなったためか会社を辞めた。

ほんの少しの不注意のため、会社にとって重要な人材を失う。

私にとって非常に苦い、冬の日の出来事だった。
おわり