マタハラ判決が企業に与える影響
2015/11/20 労務法務, 労働法全般, その他
最高裁判所は10月23日マタニティ・ハラスメント(妊娠・出産を理由にした女性従業員への不当な対応や言動、いわゆるマタハラ)に関して注目すべき判断を行いました。
1 事案の概要
広島にある病院で副主任の職位にあった理学療法士(以下「女性」とする。)が第2子を妊娠した際、妊娠中の軽易な業務への降格異動に際して副主任を免ぜられました。このとき事業主は異動の際に副主任を免ずる辞令を発することを忘れていた旨を女性に説明し、女性は渋々ながら了解しています。その後育児休業の終了後も(勤続年数が短い後輩が副主任に任じられていた)副主任に任ぜられなかったことから育児終了後も降格異動が継続することは予期していなかったとして、使用者である病院に対して降格異動の無効等を求めた事案です。
2 争点
男女雇用機会均等法(以下「均等法」とする)9条3項は女性労働者の妊娠・出産を理由とした解雇その他の不利益取扱いを禁止しています。本判決の争点は妊娠を利用とした降格異動が均等法9条3項が禁止する不利益取扱いにあたるかが争点となりました。
3 判決の変遷と最高裁判所の判断
(1)1審及び控訴審は、本件措置が渋々ながらも女性の同意を得た上で病院の人事配置上の必要性に基づいてその裁量権の範囲内で行われたものであり、裁量権の逸脱はなく均等法9条3項に違反しない、との判断を下していました。
(2)これに対して最高裁判所は
(ア)副主任の地位にいた者を妊娠を理由に軽易な業務への降格異動は均等法9条3項に違反し原則として違法
(イ)例外的に
①合理的な理由が客観的に存在するとき
②降格異動しないことが業務に支障を生じる等特段の事情があるとき
のいずれかに該当する場合には同法の禁止する不利益取扱いに違反しないという判断枠組みを示しました。
4 判断枠組みの詳細
本事案につき最高裁判所は(ア)降格異動が均等法9条3項に違反するかは異動前後の職位を比較するとした上で、副主任の地位にいた者を妊娠を理由に軽易な業務への降格異動することは均等法9条3項に違反し違法としたうえで(イ)例外要件を詳細に検討しました。
①合理的理由の有無について
降格異動は軽易な業務への転換期間中の一時的な措置ではなく副主任への復帰を予定しない措置として行われました。にもかかわらず副主任を免ずると女性に伝えたときには職場復帰時に副主任に復帰できるかどうか説明した形跡がなかったことから、自由意思に基づいて降格異動に同意したと認められる合理的な理由が客観的には存在しないとしました。
②業務支障等の特段事情の有無について
女性を副主任のままで軽易業務に降格異動した場合に業務運営に支障があるのか、業務上の必要性の有無・内容・程度が十分に明らかにされていないとして審理を尽くすため高裁に事件を差し戻しました。
この点に関して最高裁判所の補足意見は②務支障等の判断について業務上の必要性だけでなく降格異動した際の本人側の事情を考慮し、そのメリット・デメリットも併せて考慮すること、降格異動復帰後のポジションも予め本人に説明し、女性が復帰することを前提に他の労働者の配置等も決定するべき旨を指摘しています。
5 企業への影響
今後妊娠等を理由とした降格等のケースが発生したとき、最高裁判所の提示した枠組みを踏まえると、企業の対応としては女性側の事情を考慮したうえで業務上降格措置をとる必要と降格の期間、職場復帰後の降格継続の有無、復帰後の地位や降格の理由について詳細な説明責任を負うことになるといえます。
マタハラ判決はとりわけ女性に固有の事情ということもあって判決の影響は限定的とも思えます。しかし本判決は転勤を命じる際に、労働者に扶養義務を負う家族がいるときは真摯に労働者の事情、いわゆる労働者のライフ・ワークバランスを転勤命令時に企業が考慮する必要があり、労働者の事情を充分に考慮しなかった場合に転勤を無効としている裁判例の傾向と方向性を同じくしたものといえます。本判決は人事にとどまらず懲戒処分等およそ労働者に対して不利益処分を課す場合には企業に労働者の事情を考慮した判断や詳細な説明責任を負いうることを示唆したものではないでしょうか。
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