経歴詐称による懲戒解雇の適法性
2016/04/18 労務法務, 労働法全般, その他
はじめに
経歴詐称について、経営コンサルタントのショーンK氏が謝罪したことによって大きな話題となっております。社員の経歴を重視して採用を行なった場合、会社にとって経歴詐称は重要な問題です。今回は、経歴詐称を行った社員に対し、入社前に発覚した場合、入社後に発覚した場合に分けて、会社側の採るべき対策を見ていきたいと思います。さらにどのような場合は懲戒解雇できるのか、判例・裁判例を参考にし具体的な事例を概観していきたいと思います。
1 入社前に経歴詐称が発覚した場合の対策
採用選考の初期段階で重要な経歴詐称が発覚した場合には、その段階で採用選考をストップし、直ちに不合格の判断を下すべきでしょう。しかしながら、採用選考が最終段階に近づくにつれて、求職者側にも「入社できるであろう」「入社を確約された」といった期待が生まれ、トラブルが拡大するおそれがあります。特に、入社する前であっても「内定」と評価される段階に至った場合には雇用契約が成立したのと同様の効果が生じることとなり、入社後の懲戒解雇が無効とされるケースがあるのと同様、直ちに入社を取りやめることが困難となることもあります。労働条件を正式に提示したり、入社に必要な書類を交付したり、雇用契約書案を提示したり、面接時に入社を確約したりといった行為は、「内定」と評価される可能性を高めることとなりますので、経歴詐称がないか事前に十分チェックしてから行うようにしましょう。
2 入社後に経歴詐称が発覚した場合の対策
経歴詐称が発覚したのが入社後であった場合には、「解雇」によって対応することとなります。経歴詐称が発覚した場合には、使用者はこれを理由に懲戒解雇を行うことが一般的です。「解雇」の選択肢には、懲戒解雇と普通解雇があります。普通解雇とは、信頼関係が破綻したことによる労働契約の解除という意味で行なわれます。例えば、専門職として採用し、経歴詐称はないが専門技術が著しく低い、職務遂行能力が欠如している、といったものです。一方懲戒解雇とは、懲罰的な意味での労働契約解除をいいます。例えば、経歴詐称のような各会社に存在するであろう就業規則に違反する行為(以下非違行為)に対しては、処罰としての意味を持つ懲戒解雇が妥当です。もっとも、すべての場合に懲戒解雇が可能なわけではなく、対応が困難となるケースもあります。
3 経歴詐称による処分が有効と判断された裁判例・具体的な事例
懲戒解雇は非常に重い処分であって、懲戒解雇という記録が残ると次の求職が困難になるという意味では労働者にとって「死刑」に等しい処分であるといわれています。したがって、非違行為があればすべて懲戒解雇が許されるわけではなく、判例は 「真実を告知したならば採用しなかったであろう重大な経歴」にあたるか否かを基準にして懲戒解雇の効力を判断しています。経歴詐称のケースにおいても、一定の重大な経歴詐称についてのみ懲戒解雇が有効となります。
参考 KPIソリューションズ事件 東京地裁 平成27.6.2
システムエンジニア・プログラマーを募集し採用したところ、職歴を偽っていたことが判明し当該社員を普通解雇しました。能力に自信を示し、給与の増額を行っていたにもかかわらず、実際はプログラムはほとんどできなかったということもあり、普通解雇を有効とした他、会社への損害賠償が認められた事例です。この事件では、「真実を告知したならば採用しなかったであろう重大な経歴」はないとして懲戒解雇は否定されました。もっとも信頼関係は破綻したとして、普通解雇が有効と判断された事例です。
参考 正興産業事件 浦和地裁川越支部 平成6.11.10
高校中退を高校卒業と偽って自動車教習所の指導員となった者につき、高卒の学歴を有していないことが当初から判明していれば採用することはなかったとし、就業規則の懲戒解雇事由に該当するとした事例です。
4 経歴詐称による処分が無効と判断された裁判例・具体的な事例
(1) 経歴詐称が採用・企業秩序に影響しない場合
経歴詐称があったけれども、経歴詐称がなく真実が告知されたとしても採用された可能性が非常に高い場合や、実際に全くその企業の業務に影響しない経歴の詐称であった場合には、懲戒解雇などの重要な処分が無効とされた裁判事例があります。
参考 三愛作業事件 名古屋高裁 昭和55.12.4 名古屋地裁 昭和55.8.6
最終学歴が大学中退であるにもかかわらず、高校卒と申し出たことは重要な経歴を偽ったことに該当し、それが低位への詐称であるからといって詐称にはあたらないということはできませんが、職種が港湾作業という肉体労働であって学歴は二次的な位置づけであること、大学中退を高校卒としたものであって詐称の程度もさほど大きいとはいえないこと等を総合すれば、本件学歴詐称のみを理由にした解雇は著しく妥当を欠き、解雇権の濫用であると判断されました。
(2) 犯罪歴、前科の場合
「賞罰」欄に、犯罪歴、前科について記載をしなければならないとされていますが、この際の「罰」とは、裁判で罪と認められた事実をいうとされています。犯罪歴とは裁判で罪と認められたものをいいます。したがって次のものは、「罰」に該当せず、犯罪歴・前科として申告する必要がないこととなります。
①逮捕されたが、処分保留で不起訴となった事実
②少年時代に補導された事実
参考 マルヤタクシー事件 仙台地裁 昭和60.9.19
タクシー乗務員として採用されるにあたり、刑の消滅した前科を秘匿し、また職歴にも3ヶ月間の稼働期間の違いがあったという事案について、「前科」は賞罰欄に記載すべきですが、刑の消滅した前科については、その存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼす特段の事情がない限り、告知すべき信義則上の義務はないし、また、3ヶ月間の職歴の稼働期間の違いでは、労働力評価を誤らせるということはできないとして、解雇を無効としました。
まとめ
経歴詐称を理由とした懲戒解雇を検討する場合には、懲戒解雇が無効とならないか、詐称された経歴ごとに検討が必要です。また、詐称の内容などに関しては、詐称された「経歴」は重大なものでなければならないとされています。例えば中途採用における経歴詐称はその人の専門的な知識、能力を見込んでの採用なのですから、その知識、能力がないことが分かれば重大な経歴にあたると言えるでしょう。もっとも経歴詐称といってもすべてが無効になるわけではないのは見てきたとおりです。労働者側も経歴詐称という負い目を感じながらも争う姿勢を取る人がいます。数は少ないですが解雇が無効になった裁判例も存在します。あらゆる場面で経歴詐称が解雇事由に該当するとは限らないので、経歴詐称が発覚し解雇をする時は判例の枠組みを使って慎重に判断することが必要ではないでしょうか。
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