埼玉労働局が一転労災認定、精神疾患での認定基準と審査請求について
2020/04/14 労務法務, 労働法全般
はじめに
労基署で一度は不支給決定がなされていた郵便局員の労災認定をめぐり、労災保険審査官が一転不支給決定を取消して労災認定していたことがわかりました。損害賠償訴訟については既に和解しているとのことです。今回は精神疾患での労災基準と審査請求手続きについて見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、さいたま新都心郵便局に勤務していた郵便局員がうつ病を発症した後同局4階から飛び降りて死亡しておりました。死亡した男性は2006年から同局に勤務し、郵便物の配達や年賀状の営業を担当しておりましたが加重なノルマなどでうつ病を発症したびたび休職していたとのことです。当時1人で7~8千枚の年賀はがきの販売ノルマを課され、売れ残りは自ら買い取る「自爆営業」や、ミスをした場合は大勢の社員の前で報告させる「お立ち台」と呼ばれる行為が行われていたとされます。これについてさいたま労基署は労災保険不支給の決定を行っておりました。
精神障害の労災認定
労働災害にも様々は態様がありますが今回は精神障害の認定基準について見ていきます。精神障害の発病には様々な要因が考えられます。業務による心理的ストレス、家庭や金銭問題など業務以外の心的ストレス、その他個体側要因などが挙げられます。その中で労災とするには一定の絞りを掛ける必要があります。厚生労働省のガイドラインによりますと、労災認定されるためには①認定基準の対象となる精神障害を発病していること、②精神障害発病前おおむね6ヶ月の間に業務による強い心理的負荷が認められること、③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと、に該当する必要があるとしています。以下具体的に見ていきます。
精神障害の認定基準
(1)対象疾病
まず認定基準の対象となる精神障害が発病している必要があります。対象となる精神障害は国際疾病分類(ICD-10)に分類される疾病のうち気分感情障害、神経症性障害、ストレス関連障害などとされております。具体的にはうつ病などの精神障害となります。認知症や頭部外傷による障害、アルコールや薬物による障害は除外されます。
(2)心理的負荷
心理的負荷は「強」「中」「弱」で評価されます。まず別表1に規定されている「特別な出来事」があった場合には「強」となります。具体的には発病前1ヶ月におおむね160時間を超える、またはこれと同程度の時間外労働を行っていたこと、生死に関わるような極度の苦痛を伴う業務上の病気や怪我をしたこと、業務に関連し他人を死亡させ、または生死に関わる怪我をさせたこと、強度のセクハラ行為を受けたことなどが該当します。それ以外の場合はそれぞれ負荷の強度ごとに分類分けがされており、複数ある場合はその組み合わせで強度が判定されます。
(3)業務以外の心理的負荷
心理的負荷は業務に起因するものである必要があります。別表2では個人的な出来事などを類型ごとに分けられており、離婚や別居、配偶者や親族の死亡、多額の財産の滅失、犯罪に巻き込まれたことなどは心理的負荷が強いとして、障害の原因が業務以外と判断される方向に傾くと言えます。それ以外にも様々な出来事が強度ごとに分けられております。
労働保険審査の流れ
労基署が労災認定に関する決定を行った場合、3ヶ月以内に労災保険審査官に審査請求を行うことができます(労災保険法38条1項)。審査請求しても3ヶ月以内に決定がない場合は棄却したものとみなすことができます(同2項)。審査請求に関する決定から2ヶ月以内に労働保険審査会に再審査請求を行うことができます(同1項)。再審査請求の裁決から6ヶ月以内に最初の労基署が行った決定につき取消訴訟を提起することができます。原則としてこれらの手続きを経なければ取消訴訟は提起できないこととなっております(40条)。
コメント
本件で労災保険審査官は達成困難なノルマが課されていたことを認定し、業務上のストレスでうつ病を発症し自殺に至ったとしました。厚労省の基準によりますと、達成困難なノルマについては、そのノルマが客観的に相当な努力があっても達成困難で達成できなければ重いペナルティがあると予告されていた場合は心理的負荷は「強」と評価されます。本件でもほぼ達成不可能な枚数に及ぶ年賀はがきの販売が課され、売れ残りは自ら買い取ることが半ば当たり前となっていた事情が評価されたと考えられます。以上のように精神障害からの自殺についてはかなり詳細な労災認定基準が設けられております。加重なノルマや過度の叱責は心理的負荷が強いと評価され労災認定がなされやすいと言えます。社内で達成困難なノルマを従業員に課していないか、過剰な叱責やペナルティを課していないかを今一度確認しておくことが重要と言えるでしょう。
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