高齢労働者の安全・健康被害増加、労基署は事業者に被害抑制を求める
2022/09/26 労務法務, 労働法全般
はじめに
池袋労働基準監督署は,9月9日,令和4年度全国労働衛生週間説明会を開催しました。その中で、当該労基署の白浜署長は,「労働衛生週間内で転倒,腰痛など健康被害を減らしていく取り組みをお願いしたい」と、事業者に対し、高年齢者の健康被害の抑制を求めました。
労働災害による休業4日以上の死傷者数のうち,60歳以上の労働者が占める割合は,近年増加傾向にあります。少子高齢化が進み,高齢者の就労が一層進むと予想される中,高齢者が安心して安全に働ける職場環境の実現が求められています。そのような状況において,池袋労基署は,高年齢労働者の安全と健康確保のための取組みを各事業所に求めた形になります。
【参考リンク】
令和3年 高年齢労働者の労働災害発生状況
高年齢労働者の安全・健康被害の現状
60歳以上の雇用者数は過去10年間で1.5倍に増加しました。特に商業や保健衛生業をはじめとする第三次産業で増加しています。こうした中、労働災害による死傷者数において、60歳以上の労働者が占める割合は25.7%(令和3年)と増加傾向にあります。労働災害発生率は、若年層に比べ高年齢層で相対的に高くなり、中でも、転倒災害、墜落・転落災害の発生率が若年層に比べ高く、女性で顕著です。
このような状況を鑑みて,厚生労働省は高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドラインを策定しました。ガイドラインの概要としては,以下となります。
(1)安全衛生管理体制の確立
・経営トップが高齢者労働災害防止対策に取り組む方針を表明したうえで、対策の担当組織(担当者)を指定し、さらに、労使での話し合いの機会を設けること。
・災害事例やヒヤリハット事例をもとに、高年齢労働者の身体機能の低下等による労働災害発生リスクアセスメントの実施
(2)職場環境の改善
・身体機能の低下を補う設備・装置の導入(作業場の照度の確保、聞き取りやすい警報音の採用、段差への注意喚起表示、階段への手すりの設置その他、主としてハード面の対策の実施)。
・敏捷性や持久性、筋力の低下等の高年齢労働者の特性を考慮して、作業内容等の見直しを検討する等、高年齢労働者の特性を考慮した作業管理(主としてソフト面の対策の実施)。
【参考リンク】
「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン
「高齢者の健康障害」と使用者側のリスク
労働安全衛生法第62条は,「事業者は,中高年齢者その他労働災害防止上その就業に当たって特に配慮を必要とする者については、これらの者の心身の条件に応じて適正な配置を行うように努めなければならない。」と規定しています。これはあくまで努力義務規定であり,罰則が設けられているわけではありません。
しかし,労働者の性質・業務内容等に鑑みて,設備・業務内容が通常備えておくべき安全性を欠く場合,民事上の安全配慮義務違反として,損害賠償責任を負う可能性は残ります。また,将来的に努力義務規定が義務規定に変わる可能性も十分にあるため,その時に備え、ある程度の体制を準備しておく意味合いもあります。
加えて,労働者が安心して働ける環境を提供できない事業者においては、離職率の上昇→人員不足による業務負担の増加→さらなる離職率の上昇と、人員確保の面で負のスパイラルに陥るリスクが高まります。さらに、現場の業務負担が高い会社では、コンプライアンス面がおざなりになる傾向があり、法務パーソンとしては、こうしたリスクを低く見積もることはできません。
そのため,努力義務規定とはいえ,高年齢労働者に対する一定の配慮を施したほうが,企業としては賢明な判断だと考えられます。
コメント
事業運営を行う上で,努力義務規定に対してどのように折り合いを付けるのかは難しい判断になると思います。労働者の職場環境の安全性追求は,ときに,短期的な業務効率低下や費用増加等に繋がるため,大上段に安全性追求に踏み切ることには一定のリスクが伴います。
法務パーソンとしては、自社における高齢労働者の割合や高齢労働者への配慮状況等、自社の現状を踏まえたうえで上述のリスクを適切に評価し、対策に要するコストを見積もりながら、どのレベルまで、労働環境の整備を進めるべきか判断することが重要になります。
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