最高裁で毎日新聞の敗訴が確定、名誉毀損について
2024/01/15 訴訟対応, 刑事法
はじめに
政府の国家戦略特区ワーキンググループの座長代理だった原英史氏が毎日新聞の記事で名誉を傷つけられたとして賠償を求めた訴訟で最高裁は10日、上告を退けていたことがわかりました。これで毎日新聞の敗訴が確定したこととなります。今回は名誉毀損について見直していきます。
事案の概要
報道などによりますと、毎日新聞は2019年6月、原氏と協力関係にある企業が、特区の提案を検討していた学校法人から約200万円のコンサルタント料を受け取っていたと朝刊1面で報道したとされます。また原氏と法人の副理事長が会食し、費用を法人が負担したとも報じ、原氏は同社を相手取り1100万円の賠償を求め提訴しておりました。一審東京地裁は原氏側の請求を棄却しましたが、二審東京高裁は会食の費用については真実と認められず、取材が不十分として220万円の賠償を命じ、コンサル料については原氏が受け取ったと示す記事ではないことから名誉毀損に当たらないとしました。
名誉毀損とは
刑法230条1項によりますと、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金に処する」としております。「公然と」とは不特定多数の人に情報が伝播され得る状態を言うとされ、「事実を摘示する」とは、「○○は会社の金を横領している」「○○は整形している」といった具体的な事実を示すことを言い、「バカ」「クズ」といった罵詈雑言は該当しません。そして「人の名誉を毀損」とは人の社会的評価を低下させることを言います。つまり名誉毀損とは具体的な事実を不特定多数に広め、社会的評価を低下させることを言います。そしてその摘示した事実の真偽は問われないということです。
名誉毀損とならない場合
刑法230条の2では、「公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない」としております。上記の名誉毀損の要件に該当する場合でも、摘示した事実が公共の利害に関するもので、摘示した目的が公益目的であり、真実の証明があれば違法性が阻却され名誉毀損罪が不成立となるとされます。「公共の利害」とは政治家や公人など社会的影響力の大きい者に関する事実や、国民の生命・健康や財産に影響を及ぼす事実などとされ、芸能人の不倫などは該当しにくいとされます。そして専ら公益目的である必要があり、報復や嫌がらせ目的の場合は該当しません。そしてその事実の真実性を証明する必要がありますが、仮に真実でなくとも適切な資料や根拠に照らして、真実と信じるについて相当の理由があると認められる場合は故意が無く不成立となります。これは刑事事件での要件ですが、民事事件での損害賠償訴訟でも同じ要件で審理されることとなります。
スラップ訴訟との関係
名誉毀損を理由とする訴訟はときにスラップ訴訟となる場合があります。スラップ訴訟とは米国で生まれた概念で、市民参加を妨害するための戦略的民事訴訟とされますが、一般には脅し目的または嫌がらせ目的の訴訟と言えます。セクハラやパワハラで従業員が会社を訴えた際に、逆に会社側が名誉毀損として訴え返すといった場合や、政治家や宗教団体の違法行為を報道した報道機関に名誉毀損を理由として訴える場合が典型例と言えます。ではどのような場合に違法なスラップ訴訟となるのでしょうか。この点について最高裁は、「提訴者の主張した権利または法律関係が事実敵、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者がそのことを知りながらまたは通常人であれば容易にそのことを知りえたと言えるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限る」としております(最判昭和63年1月26日)。
コメント
本件で東京高裁は、原氏と協力関係にある企業が学校法人から約200万円を受け取っていたとの報道については、原氏が受け取ったと示すものではなく原氏への名誉毀損には当たらないとしました。また会食費用の負担については毎日新聞の取材不十分とし名誉毀損を認めました。真実性の証明が十分にできなかったものと考えられます。そして最高裁は両者の上告を棄却し毎日新聞の敗訴が確定しました。以上のように名誉毀損に該当するか、また該当しても違法性が阻却されるかはそれぞれ要件が確立しており、客観的に認定されます。また名誉毀損に当たるかも、それに対する訴訟がスラップ訴訟に当たるかについてもそれぞれ微妙な判断が必要と言えます。それぞれの要件や判例について今一度確認し周知しておくことが重要と言えるでしょう。
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