東京都の住宅設備販売会社、カスハラを理由に取引先2社を提訴 ―札幌地裁
2024/05/14 労務法務, コンプライアンス, ハラスメント対応法務, 労働法全般
はじめに
カスハラが原因で自社の従業員が抑うつ状態になったなどとして、東京都の住宅設備販売会社が、取引先2社に対し計1100万円の損害賠償を求める訴訟を提起しました。法人間でのカスハラ訴訟は異例だということです。
相手が得意先でも、提訴に踏み切る
報道などによりますと、2023年3月27日、住宅設備機器の専門商社、橋本総業株式会社(東京都)の北海道道東営業所の当時の所長らは、長年の取引先である釧路扶桑物産の創立50周年を祝うため、会社を訪問したといいます。
しかし、そこで、扶桑物産と釧路扶桑物産両社の社長を兼務するA氏から、
「お前からアポイントはもらっていない」
「お前はそんなに偉いのか? 何様だ」
などと約2時間にわたって怒鳴られ続けたといいます。
所長はこの翌日から出社ができなくなり、病院で医師から「抑うつ状態」と診断されました。
翌月、橋本総業は対応の是正を求める文書をA氏に送付。しかし、A氏はこれに応じず、逆に、文書の撤回と是正を求めたことに対する謝罪を求めたほか、橋本総業の他の取引先に虚偽の情報を流したということです。
A氏は、以前から橋本総業の社員に対して契約外の要求をしており、空港までの出迎えやシミュレーションゴルフの保守などを求めたこともあり、通常業務への支障が出ていたといいます。
そこで、一年後の今年4月14日、橋本総業は、扶桑物産株式会社と釧路扶桑物産株式会社(共に北海道に本社)に対して計1100万円の損害賠償を求める訴訟を札幌地方裁判所に提起しました。
被告2社は、橋本総業の重要な顧客で、売り上げは約10億円と北海道エリア全体の売上の2割弱を占め、取引も10年に渡り行われていたといいますが、橋本総業としては、従業員保護と適正な取引のために提訴に踏み切ったということです。
顧客や取引先からのカスハラ被害が横行
近年、顧客や取引先から迷惑行為を受け、悩む企業は少なくないといいます。独立行政法人 労働政策研究・研修機構がまとめた『職場のパワーハラスメントに関するヒアリング調査結果』では、具体的な事例が複数掲載されています。
・酔客に殴られた
・お金を払わない客を呼び止めたところ殴られた
・たばこで会社の機械を溶かされた
・トイレの便器を壊された
・女性スタッフに対する痴漢行為
・いやがらせのような返品交換の繰り返し
・購入から年数が経過した商品の返品
・大量に商品を取り置きして結局購入しない
・お金の受け渡しで手を握られた、終業後の待ち伏せなど
・担当者氏名とともにSNS上での誹謗・中傷
・客からの暴行(肩をつつかれる、胸ぐらをつかまれる、塩をまかれる)
・クレームにかこつけた金品の要求
・契約解除を盾にした取引先からの無理難題の要求
・不当な商品回収の要求
・規格などがない製品で理不尽な改修の要求
・「こんなことができないのか、帰れ」といった取引先からの暴言
こうした迷惑行為があった場合の対応として、各社、
(1)担当社員1人で対応させない、抱え込ませないようにする
(2)業界でのルールづくりを行う
など、他社と連携を行ったり、従業員への研修、迷惑行為の相手方にしっかりと拒絶の意思表示をしたりといった対策をとっているということです。
しかし、現実的には取引先が立場上優位である場合などに、相手方の気分を害する内容を言いにくい側面があるため、なかなか対策を実現できていない会社もあるといいます。そうした会社では、取引先に変化を促すのではなく、担当者をストレス耐性のある社員に変えるなど、社内での対応を行うケースも見受けられました。
一方で、大手企業など取引において“優位”な立場となる一部の企業では、社員がカスハラをしないよう研修や教育を行っているということです。
中には、問題行為が見られた際には人事部が調査をするなどの体制づくりをする企業もありました。
職場のパワーハラスメントに関するヒアリング調査結果(独立行政法人 労働政策研究・研修機構)
コメント
古くからの得意先や売上の多くを占める企業などを相手に、ハラスメントの是正を求めることは容易ではありませんが、取引先からのカスハラを放置した場合、これが原因で優秀な人材が流出するおそれもあります。社員がカスハラを受けたケースに備え、相談・対応の体制をしっかりと整えておく必要があるでしょう。
また、自社の社員をカスハラから守ることも重要ですが、同時に、自社の社員が取引先の社員等に対しカスハラを行わないよう注意を払う必要があります。
労働施策総合推進法では、パワーハラスメント防止措置が事業主に義務づけられており、雇用する労働者に対し「他の労働者(取引先の労働者含む)に対する言動に注意を払い必要な配慮を行う」ことが責務とされています。
カスハラを行わないことの十分な周知と共に、取引先からカスハラに関する抗議を受けた場合の対応などについても検討しておく必要がありそうです。
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