高額献金問題で旧統一教会が敗訴、不起訴合意の有効性について
2024/07/16 契約法務, 訴訟対応, 民事訴訟法
はじめに
世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の違法な勧誘で献金被害に遭ったとして、元信者の遺族が教団側に約6500万円の損害賠償を求めた訴訟で最高裁は11日、教団側が勝訴した二審判決を取消し、差し戻しを命じました。念書が無効とのことです。今回は不起訴合意の有効性について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、原告女性の母親は教団の信者だった2005年~10年頃、寝たきりだった夫の財産など計約1億円を献金したとされます。その後2015年に「献金は自身の意思で行ったもので返金や賠償を求めない」とした念書に署名押印し、その場面も動画で撮影されていたとのことです。しかしその半年後に認知症と診断され、2021年に亡くなっております。原告側は念書の作成時点で認知症を発症しており無効であることと、先祖の因縁などを語り不安や恐怖をあおって献金させており、信者の勧誘に違法性があると主張しておりました。これに対し教団側は、正常な判断能力に基づいて作成されており被害認識もなく有効、勧誘についても自分の意思で献金したとの録音もあり違法な勧誘ではないと反論しておりました。
不起訴の合意
契約書や示談書などに不起訴の合意条項を盛り込む場合があります。「今後一切の異議申立て、又は請求等の手続き(あっせん申立て、仲裁申立て、調停・訴訟手続き等の一切)を行わないことを確約する」といった条項です。これにより今後当事者間で紛争が生じても、訴訟などの法的な手続きを回避することができます。しかしそもそもこのような一切訴訟を起こしませんという合意の条項自体は有効なのでしょうか。この点について学説では、このような条項は憲法で保障された裁判を受ける権利を侵害するものであって無効であるとする無効説と、原則として無効であるが、損害賠償請求権などの実体法上の権利の放棄の合意と評価できる場合には私的自治の範囲内で有効とする説もありますが、多数説は有効としております。そしてこの不起訴合意に反して提訴された場合は権利保護の利益を欠き、訴えは却下されるとされております。
不起訴合意に関する裁判例
不起訴合意に関する裁判例として次のような例があります。試用期間中に会社を合意退職した際に不起訴の合意をしていたにもかかわらず、その後、退職勧奨等が不法行為に当たるとし、地位確認と損害賠償を求めた事例です。これについて東京地裁は、「不起訴の合意の成否やその対象となる権利ないし法律関係の範囲等については、憲法32条等の趣旨を踏まえて慎重に判断すべき」とし、本件では合意書締結以前の事由に基づく訴訟手続き一切について不起訴を合意するものとされ、その対象となる権利又は法律関係の範囲が広範であって、具体的に特定されていないこと、合意当時に紛争は顕在化しておらず、不起訴合意の対象となる権利・法律関係の範囲について競技等がなされた形跡は窺われないこと、不起訴合意条項は被告が用意した合意書にあらかじめ印刷されていたものである上、原告のみが不起訴を確約する片面的な内容になっていることに鑑みて、民事裁判手続きによる権利保護の利益を放棄したとまでは認められないとしました(東京地裁平成30年5月22日)。
意思能力欠如による無効
民法3条の2によりますと、「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効とする」としております。意思能力とは、自己の行為の結果を弁識するに足るだけの精神能力とされており、一般的に7~10歳程度で認められると言われております。逆に泥酔者や重度の認知症患者などは意思能力が認められないと言えます。実際に高齢で重度の認知症患者から不動産を通常より著しく低廉な価格で買い取った事例では、売買は無効と判断された例も存在します。また宝飾品や時計、眼鏡などを判断能力た著しく低下した高齢者に、通常必要とされる分量を著しく超えた過大な数量を販売した事例でも不法行為と認定されております。意思能力の程度は人によって異なることから、その事理弁識能力の不足具合に応じて成年後見や保佐、補助制度が用意されております。そして後見人や保佐人、補助人は被後見人等の行った法律行為を取り消すことができます(9条、13条4項等)。また消費者契約法にも過剰な数量の契約は取り消すことができるとする規定も置かれております。
コメント
本件で最高裁は、念書の有効性について「趣旨や目的、対象となる権利、当事者が被る不利益の程度などを総合考慮すべき」とし、女性が作成時86歳という高齢であったこと、半年後に認知症と診断されたこと、見返りもなく1億円超を献金したことなどを挙げ、一方的に大きな不利益を与えるものであり公序良俗に反し無効と判断しました。念書は公正証書で作成され、作成現場も動画で保存もされていたとのことです。その異常な徹底振りも逆にネガティブな要素として判断に影響を与えたのではないかと考えられます。以上のように不起訴合意条項や念書は原則としては有効とされておりますが、憲法32条で保障された裁判を受ける権利を放棄するものであることから、作成された経緯や対象の範囲などを慎重に判断し、場合によっては無効とされることもあります。特に一方当事者のみが負う場合は無効に傾きやすいと考えられます。不起訴合意条項を盛り込む際には、相手方のみに不利益を与えるものとなっていないか、慎重に検討することが重要と言えるでしょう。
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