ビラまきで提訴された労組が勤務先を提訴、スラップ訴訟とは
2024/07/19   労務法務, 訴訟対応, 労働法全般, 民事訴訟法

はじめに

 ストライキ中に賃上げを求めるビラを配布したことに対し勤務先から8千万円を超える賠償請求されたとして、労働組合が勤務先に約1千万円の賠償を求め提訴していたことがわかりました。労働組合活動の萎縮が目的だと主張しているとのことです。今回はスラップ訴訟について見直していきます。

 

事案の概要

 報道などによりますと、東京都中央区の医療法人が運営する大阪市内の精神科クリニックで労働組合の分会長を務める臨床工学技士の男性(31)と所属する労働組合の組合員十数名は2023年8月~10月、賃金の底上げをしない法人に抗議しストライキをしていたとされます。その際、クリニックの入るビル前で「2年昇給なし」「退職金ほぼ無」などと書いたビラを患者らに配っていたとのことです。法人側は2022年4月に昇給していると指摘し、誤った内容のビラで法人の名誉が毀損されたとして計約8400万円の賠償を求め提訴しました。これに対し労働組合側は労働組合活動を萎縮させる「スラップ訴訟だ」として約1千万円の賠償を求め提訴しております。

 

スラップ訴訟とは

 スラップ訴訟とは、自己に不都合な言論を抑圧するなどの目的で、勝訴の見込みがないにもかかわらず、もっぱら威圧するためになされる訴訟を言うとされております。勝てないとわかっていながら提訴し、相手に応訴の金銭的、時間的、精神的、または肉体的負担を強いて相手方の言論を弾圧させるというものです。このスラップ訴訟はもともとアメリカで問題となっていたもので、「Storategic
Lawsuit Against Public
Participation」の略とされ、公的参加を排除するための戦略的訴訟を意味します。平手打ちを意味する「Slap」をかけた呼称とも言われており、威圧訴訟、恫喝訴訟などとも呼ばれております。

 

スラップ訴訟に関する裁判例

 スラップ訴訟に関しては、裁判所への提訴自体が不法行為に該当する場合があることを示した著名な事例が存在します。この事例は、土地の売買に関して測量結果が実際より過小であったとし、売り主が測量者を訴え、その後に測量者側が訴え返したというものです。この事例で最高裁は提訴が不法行為に該当する場合として、「提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて提訴したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとみとめられるときに限る」としております(最判昭和63年1月26日)。実際にスラップ訴訟であると認定された事例としては幸福の科学事件が挙げられます。この事例では元信者が同教団と幹部らから脅迫を受け、2億円余りの献金を強要されたとして損害賠償を求め提訴し記者会見を開いたことが名誉毀損に当たるとして、教団側が8億円もの損害賠償を求め提訴したというものです。裁判所は「このような訴え提起の目的及び態様は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き、違法なものと言わざるをえない」としました(東京地裁平成13年6月29日)。

 

不当労働行為とは

 本件では労働組合活動に関連した事例ですので、ここで簡単に不当労働行為について触れておきます。労働組合法7条各号では、労働者や労働組合に対する一定の行為を不当労働行為として禁止しております。まず(1)労働組合員であること、加入したり結成しようとしたこと、正当な組合活動をしたことなどを理由とする解雇その他の不利益取り扱い等が禁止されます。(2)労働組合に加入しないこと、脱退することを条件とする雇用契約(黄犬契約)、(3)団体交渉の申し入れに対し、正当な理由なく拒否、または交渉に応じたが誠実に対応しないことも挙げられます。そして(4)組合結成の妨害、組合活動の中心人物を解雇、組合員に脱退を働きかける支配介入、(5)労働組合の運営費用等を援助する行為や、(6)労働委員会への救済申立て、労働委員会の調査・審問などに証拠を提出したことなどを理由とする解雇その他の不利益取扱いも禁止されております。

 

コメント

 本件では労働組合とその組合員がクリニックの入るビル前で患者らに「2年昇給なし」「退職金ほぼ無」などと書いたビラを配布したことに対し、医療法人側が名誉毀損として計約8400万円の賠償を求めて提訴したというものです。組合側はスラップ訴訟であるとして約1000万円の賠償を求めております。今後は正当な労働行為に該当するか、名誉毀損に当たるかがまず争点となってくるものと言えます。以上のように事実上・法律上の根拠を欠くことを一般人からも容易にわかるような提訴は違法とされる場合があります。しかし一方で裁判所で裁判を受けることは憲法上保障されており正当な提訴は当然に保護されるべきものと言えます。一時の感情で法外な賠償金を求めるといった行為に出ず、冷静に事実関係を分析しつつ対処していくことが重要と言えるでしょう。

 

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