従業員への「薬物検査」と法的問題点
2016/02/16 コンプライアンス, 個人情報保護法, その他
はじめに
お笑いコンビ「爆笑問題」を擁する芸能事務所タイタンの太田光代社長が、同社で全社的に違法薬物の抜き打ち検査を行っていると公表し、話題を呼んでいます。今回は、企業内で違法薬物の抜き打ち検査を行う上での法的問題について考えて行きます。
薬物検査の手順
従業員の本人確認の後、検体採取責任者の立会いのもとで採尿、その後に外部検査機関への薬物検査依頼書に検体採取日時、服用歴などを記入の上、検体採取責任者と従業員の双方が同意サインを行い、外部検査機関に検体(尿)を提出します。そこから、外部検査機関が尿検査を行い、違法薬物に関する成分(アンフェタミン、メタンフェタミン、コデイン、モルヒネ、6-アセチルモルヒネ、コカイン、ベンゾイルエクゴニン、MDA、MDMA、MDEA、フェンシクリジン、THCカルボン酸体)が検出されるか否かを調べ、判定します。
社内薬物検査に対する厚生労働省の見解
現在、日本国内において、従業員への薬物検査に関する法令上の明確な規定はないと言われています。ただ、その中で、厚生労働省は、“労働者の個人情報保護に関する行動指針”において、
「使用者は、労働者に対するアルコール検査及び薬物検査については、原則として、特別な職業上の必要性があって、本人の明確な同意を得て行う場合を除き、行ってはならない。」
と明記しています。そのため、厚生労働省の指針に従うのであれば、企業は社内で薬物検査を行うにあたり、①特別な職業上の必要性と②本人の明確な同意が要件として求められることになります。
特に、①の要件があることから、現実的には、運送業・運行業・警備業・危険物取扱業をはじめとした、「顧客の安全確保が責務となっている業種」や官公庁・地方自治体・大学など、「不祥事が社会に与える影響が大きい団体」などでないと、薬物検査の導入は難しそうです。
企業と薬物検査に関する過去の事例
(1)2009年に大阪市交通局の地下鉄運転士が覚せい剤使用で逮捕、有罪判決を受けた事件を受け、同局が地下鉄・バスの運行業務にかかわる全職員3830人を対象に、薬物検査を抜き打ちで実施しようとしたたところ、9人が検査を拒否したことがありました。
(2)2013年にJR北海道の運転士が覚せい剤取締法違反容疑で逮捕されたことを契機に、国土交通省北海道運輸局がJR北海道に対し、抜本的再発防止として「全運転士(約1100人)に対する薬物検査実施を提案し、これをJR北海道が拒否したことがありました。当時、こうした、JR北海道の対応に対しては、社内体質の改善に積極的でないと、批判的な論調が目につきました。
コメント
従業員に対する薬物検査の実施は、薬物使用の撲滅や薬物不祥事の予防に向けた有効な手段ではあるものの、薬物検査の結果は、労働者の人格そのものに関わる個人情報に該当すると見る余地があり、さらに、ときに刑事犯罪捜査の端緒となることを考えると、薬物検査の結果の取得、保管、運用には、かなり慎重な配慮が必要となります。具体的には、少なくとも、以下を検討して行くことになるかと思います。
・自社の事業上、薬物検査が必要か否かの検討
・「従業員の明確な同意」を証拠として残すための運用の確立
・検査を拒否した場合の不利益取扱い禁止ルールの策定
・「検査結果に関する情報」の取扱いルールの策定(アクセス権限や保管方法、取扱責任者etc.)
・「検査を拒否した旨の情報」の取扱いルールの策定
・検査で陽性の結果が出た場合の運用の確立(警察機関への通報方法含め)
・一部従業員に対する抜き打ち検査を行う場合には、検査対象となる従業員の公平な選出方法の確立
こうして、ざっと挙げてみるだけでも、社内薬物検査の実施までには多数のハードルが存在します。薬物使用禁止を訴える社内での啓蒙活動と並行しながら、しっかりと準備を整えた上で、社内薬物検査の導入に踏み切る必要がありそうです。
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