コンビニ元店長遺族が逆転勝訴、過労自殺と労災認定について
2016/09/02 労務法務, 労働法全般, 小売
はじめに
過重労働で自殺した元コンビニ店長の遺族が、労災を認めなかった国の処分を不服として取消を求めていた訴訟の控訴審で1日東京高裁は請求を棄却した一審を取消し、遺族勝訴の判決を言い渡しました。一審が否定した業務と自殺との因果関係を認めた形となります。以前にも取り上げました労災認定。今回は過労自殺の場合について見ていきます。
事件の概要
亡くなった男性は2002年、首都圏でコンビニエンスストア「サークルKサンクス」を運営する会社に入社し、2007年に東京都港区の店舗で店長として働いていました。その後2009年1月頃に男性は自殺しました。判決によりますと、男性の時間外労働は月平均で120時間を超え、2008年には最大で163時間にも及んでおりました。国は業務と自殺との間に因果関係は無いとして労災を認めませんでした。男性の遺族は国を相手取り、労災認定を否定した処分の取消と労災保険の遺族補償の支払いをもとめる訴訟を起こしていました。一審東京地裁は男性が2008年5月に適応障害の発症を認めたものの、その後は時間外労働が減少したことから自殺との因果関係を否定しました。
労災と認定要件
労働災害とは「業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡等」を言います(労働者災害保証保険法1条)。労災認定を受けることにより、療養補償給付、遺族補償給付等を受けることができます。対象となる労働者は正規・非正規、派遣、アルバイト等全て含まれることになります。労災認定の要件は①被災者が「労働者」であることと②「業務上の事由」「通勤」と災害との間に因果関係が認められることが挙げられます。「労働者」とは雇用契約によって使用者に雇われている者を言い、会社法上の役員といった委任契約に基いて業務を行っている者は該当しません。「業務」とは雇用契約等によって本来行うべき業務自体以外にも、作業前の準備や後始末といった業務付随行為、業務中の用便といった生理的行為も含まれることになります。被災者が雇用主の指揮監督の下で「業務」を遂行しており、その業務と災害との間に相当因果関係が認められる必要があります。この相当因果関係とは本来想定できない突発的・偶発的な事故は因果関係が否定されます。地震等の自然災害や従業員同士の私的喧嘩等が挙げられます。
過労自殺の場合
では被用者が過労自殺をした場合の労災認定はどうなるのでしょうか。法12条の2の2によりますと、「労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたときは」保険給付を行わないとしています。つまり自殺の場合は原則労災認定がなされず、給付は受けることができないということになります。しかし昨今、過重労働や職場での精神的ストレスによって精神障害等を発症し、それにより自殺にいたるケースが急増しており社会問題化しております。これを受け厚労省は平成11年に通達で一定の場合には過労自殺での労災認定を行う基準を出しました。そして平成23年に新たに「心理的負荷による精神障害の認定基準」を通達により公表しました。
過労自殺の認定要件
厚労省の通達による基準によりますと、過労自殺の場合に労災認定基準として①うつ病等の指定疾病(施行規則別表1の2、9号)を発病していること、②発病前おおむね6ヶ月の間に業務により強い心理的負荷が認められること、③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により発病したとは認められないこと、を満たす必要があります。また併発疾病については個別的に判断し、上記指定疾病に付随する疾病と認められる場合には一体として扱われます。認定にあたって最も重視される要件が②の心理的負荷の度合いです。通達によりますと長時間の時間外労働がどの程度の期間継続していたかをまず見ることになります。発症直前の1ヶ月間に時間外労働が160時間以上で3週間前から120時間以上、発症直前の2ヶ月間に月の時間外労働がおおむね120時間以上、3ヶ月間に月の時間外労働がおおむね100時間以上、の場合には原則心理的負荷が強度であるとして労災が認められることになります。これに満たない場合でも仕事の失敗や配置転換、人間関係等の事情を考慮して総合的に判断することになっております。
コメント
行政実務上は以上の厚労省通達を基準として労災認定の運用がなされております。一方裁判所は厚労省通達に一定の合理性を認めつつも業務と自殺との因果関係を独自に判断しているようです。本件元コンビニ店長の男性は、うつ病発症の直前期である2008年には時間外労働が月163時間に上り、それまでも平均120時間となっておりました。これは厚労省通達の基準からみても業務による心理的負荷は相当に強度であると言えます。しかし労働基準監督署と一審東京地裁は労災を認めませんでした。一方で東京高裁は「長時間労働による心理的負荷は相当に強く、ノルマで精神状態が追い詰められていた」として業務と自殺との因果関係を認めました。このように現在厚労省通達により労災自殺もある程度労災として認定されるようになりましたが、行政実務上はかなり厳格に運用されていると言えます。しかし裁判所による判断は通達基準よりも若干柔軟に判断してるように思われます。労災認定がなされた場合は、使用者である会社に対しても損害賠償の請求がしやすくなると言えます。月の時間外労働時間が100時間を超える場合には労災認定の可能性は十分あると言えるので、従業員の労務管理には注意が必要と言えるでしょう。
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