最高裁判決にみる定額残業代制の注意点
2017/08/31 労務法務, 労働法全般
はじめに
最高裁の小法廷は、平成29年7月7日、医療法人と医師との間の雇用契約において時間外労働等に対する割増賃金を年俸に含める旨の合意がされていたという事実関係の下で、当該合意の存在だけでは、当該年俸の支払により時間外労働等に対する割増賃金が支払われたということはできないとする判決を下しました。時間外労働に対する賃金を定額制にする企業が少なくないなか、定額制を採る上で企業側が気をつけるべき点を当該判決からは多く読み取れるように思われます。そこで、ここでは本判決をベースとして、定額制の可否及びその方法について概括的に検討していくこととします。
定額残業代の適否
使用者は、時間外労働をさせた労働者に対し、原則として通常の賃金の2割5分以上の割増賃金を支払わなければなりません(労働基準法37条1項)。これは、使用者に割増賃金を支払わせることによって時間外労働を抑制して労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行うことを目的とした規定です。そこで、使用者としては一定額の割増賃金を支払わなければなりませんが、その方法については何ら限定されておらず、割増賃金を定額で支払うことも禁止されていません。本判決も「労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではない。」と述べており、定額制という方法自体の適法性は肯定しています。
定額制の注意点
しかし、規定の目的を達するためには、使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったか否かが、客観的に判断可能でなければなりません。そこで、定額制による場合には、割増賃金を通常の労働時間の賃金に当たる部分と判別できる状態にする必要があるとされています(最判平成6年6月13日、最判平成24年3月8日、平成28年2月28日など)。本判決はこの点において、年俸1700万円のうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分が明らかにされていなかったために、割増賃金が支払われたということはできないと判断されました。
そこで、割増賃金の定額制を採用する場合、企業としてはそのうちどの部分が通常の賃金に当たり、どの部分が割増賃金に当たるのかを明確にする必要があります。例えば、就業規則で、「基本給のうち、5万円は、20時間分の残業代に相当する額として支払う。」と定めるなどにより、賃金のうちいくらが残業代として支払われるのか、それが何時間分の時間外労働に対応するのかを明らかにすべきとなります。
更に、このような方法によっていたとしても、実際に労働させた時間の割増賃金が割増賃金として定められた額を上回る場合には、使用者はその差額を労働者に対して支払わなければなりません。本判決も「上記割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである。」と述べ、このことを確認しています。支払いを怠った場合、使用者には6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金という罰則を科され(労働基準法119条1項)、更に付加金の支払を命じられることにもなりかねません(労働基準法114条)。従って、定額の残業代を支払っている場合であっても、使用者としては、労働者の残業時間管理を怠らず、残業代の未払いが発生しないよう気を配る必要があります。
コメント
定額残業代制度は使用者側が割増賃金の支払いを免れるための手段として悪用されることが少なくありません。サービス残業や賃金未払い、ブラック企業などが社会問題となり、企業による時間外労働が社会による厳しい視線に晒されている近時において、企業側としても残業代の支払い方法を見直すべきときがきているように思われます。そこで、今後定額残業代を導入しようとしている企業としては、割増賃金と通常の労働時間の賃金に当たる部分とを客観的に判別できる形での就業規則の制定又は労働契約書の作成を行い、かつ、労働者の勤怠管理のシステムを整えるべきでしょう。また、既に定額残業代を導入している企業においては、自社の規定内容を再度見直すと共に、判別が困難と感じた場合には、労働者に対し定額残業代の概要及び割増賃金額とその対応時間等を説明し、労働者に対して支払われている割増賃金を明確化していく措置を講ずることが求められるであろうと思われます。
参考文献
井上 幸夫「定額残業代の適否―アクティリンク事件」ジュリスト1472号123頁(2014)
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